No.05048 23.08.27 ホエール・ウォッチング

ラハイナの港からホエール・ウォッチングの船が出ていた。
まだ暗いうちに集まって、出港の頃にやっと朝日が登ってきた。
マウイ島のはじから登った太陽は、海を照らすと反対側に虹を作った。
日が充分に昇ると、マウイ島のなだらかな山に生えている緑を輝かせた。
船のデッキから鯨を探した。
遠くに潮が吹き上がるのを見つけると近寄って行った。
大きな尻尾が水を持ち上げ、滝のように落としていた。
そのときの記念写真は本棚に飾ってある。

海沿いの道を車や自転車で走っていると、ときどき人が五、六名、海を見つめていることがある。
視線の先にはたいてい、鯨がいた。

No.05045 23.08.24 ラハイナ港のバニヤンツリー

ラハイナの港からすぐのところにあるバニヤンツリー。
とても大きく、僕が見たことのあるバニヤンツリーでは一番大きいのではないかと思う。
ワイキキのモアナサーフライダーにあるバニヤンツリーも大きいが、それよりもっと大きかったと思う。
この木陰では毎週アートのフリーマーケットがおこなわれていたという。
そこで絵が売れるようになり、有名になったアーティストの一人にクリスチャン・ラッセンがいる。
僕が訪れたときにはすでに独立したギャラリーを持ち、そこで販売していたが、ラハイナのメインストリートには他のアーティストのギャラリーも点在していた。
フリーマーケットがおこなわれていないときも、バニヤンツリーの木陰では人や犬が休んでいた。
猫もいたかもしれない。
どんなに日差しが強くても、その木陰は少しひんやりしていた。

No.05044 23.08.23 マウイ島ラハイナ

ラハイナが焼け落ちた。
山火事が延焼して街一つが焼けてしまったという。
この事件以来、気持ちいいものを思い浮かべようとすると、ついラハイナを思い出す。
火災が起きてすぐにそのことについて書くのはどうかなと思い、書かずにいた。
ラハイナには三度ほど行った。
とてもいい街だった。
あんなにいい街がなくなった。
その喪失感が深い。
そこで、ラハイナの素晴しさをしばらく書いていく。
ラハイナの人々がこれからも幸せで、コミュニティも再生されるように祈りながら。

No.05042 23.08.17 やなせたかし氏

小学生の頃、うちにあった歌唱集にやなせたかしのイラストが入っていた。
その頃にはテレビにもときどき出ていたし、「手のひらを太陽に」という歌の作詞もしていたから、とても有名なイラストレーターだと思っていた。
アンパンマンがアニメになり、誰でも知る存在になったとき、僕が歌唱集で見た頃は大変だったという話を聞いた。
氏が亡くなる一年ほど前、何かの企画でお金が足りず困っていたとき、知り合いが「やなせたかしさんに会いなさい」と言ってくれた。
理由を聞くと、「アンパンマンが出るまで苦労していたので、困っているクリエイターがいると助けてくれる」というのだ。
お目にかかったこともないのにそんなこと頼むのは良くないと思いお断りしたが、一度は会ってみたい方だった。

No.05040 23.08.07 どうして?

気がつくと、ボクは父さんと母さんと兄さんのあいだで暮らしていた。
どうしてボクは生きているんだろう?
そんなことをときどき思った。
それを考えると堂々巡りで気持ち悪くなった。
そこで父さんに聞いてみた。
「どうしてボクは生きているの?」
父さんは答えた。
「どうしてかな? わかったら教えてね」
母さんに聞いてみた。
「私が産みたいと思ったからよ」
小学校でガキ大将のシンちゃんが、図書館で大人向けの性教育の本を見つけて見せてくれた。
だから、男と女がすることをすると、子供が生まれることは知っていた。
でも、なぜすることをすると子供ができるのか?
小学生のボクには、そのすることが、どうも理解できなかった。
理解はできないけど興奮した。
兄さんに聞いた。
「どうしてボクは生きているの?」
「なぜ生きているのかなんて、わかる人はいないよ」
「え、みんな知らないの?」
「そうだよ」
そんなんでいいのか?
そのまま齢六十を過ぎました。
そんなんでいいのか?

No.05039 23.08.06 クスコ

ふと、クスコを思い出した。
ペルーの都市ではなく、クスコというエレクトリックバンドがあった。
1980年頃、よく聞いていた。
あの頃はシンセサイザーが楽器として確立してきた頃で、クスコはシンセサイザーでペルーのパンフルートのような音を多用して、南アメリカの雰囲気を出していた。
日本をテーマにした曲も何曲かあった。
ネット上でさがして久しぶりに聞いた。

No.05036 23.08.03 三経義疏

昔、日本史で聖徳太子が仏教について書いた本が三冊あり、それらを三経義疏と呼ぶと習った。
その三冊は法華義疏、勝鬘経義疏、維摩経義疏だという。
中央公論の「日本の名著第二巻」が聖徳太子の巻で、この三冊が一部略されてはいるが、掲載されている。
「昔習ったな」と思い、ニヤついて拾い読み。

No.05022 23.07.12 大きな桶にいるどじょう

幼い頃、どじょうを飼っている大きな桶を店頭に置いている魚屋があった。
普段は静かにしているどじょうだが、桶を足でちょっと蹴ると、一斉にざわーっと動き出した。
それが楽しくて、そのお店で母が買い物していると、見つからないようにちょこっと蹴って遊んでいた。

No.05013 23.07.02 セロ弾きのゴーシュ

小学生の頃に「セロ弾きのゴーシュ」を読んだはずだ。
その絵本の表紙を覚えている。
だけど話はほとんど覚えていなかった。
森の動物たちがゴーシュのセロを聴きにくるというところだけしか。
もっと含蓄のある話だったのを最近読んで知った。

No.04998 23.06.12 箸墓古墳

最古級の前方後円墳である箸墓古墳。
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓といわれているが、なぜ古墳の名前が箸墓古墳となったのか、その理由が凄まじい。
それを読んで僕は映画「エクソシスト」を思い出した。
伝承とは異なり、古墳は静かな雰囲気に包まれている。
隣にある箸中大池には、古墳とのきわに白さぎがいた。