No.05594 26.10.05 行ったり来たり循環したり

世の中、ありとあらゆるものが「行ったり来たり循環したり」してる。
細胞の中も臓器の中も、身体の中もからだ同士も。
社会の中も国家の中も地球上も。
小宇宙はグルグル回る。
宇宙全体はどうなんだろう?
「今だけ金だけ自分だけ」では循環が止まりそうだ。
みんなで心地よく愛し合いましょう。

No.05593 26.10.04 矛盾の説明

世の中には矛盾した現実がたくさんある。
それらを説明することは難しい。
でも、視点がいくつもあることが認められれば、いくつかの矛盾には説明がつく。
例えば、視点が違えば善悪も変わるようなとき。
それで説明されても「ある視点」にいる人にそれが通じるかどうかは別問題だ。
矛盾に関わりない人は理解できるだろうけど。

No.05592 26.10.03 正当化

たいてい人は自分が正しいと思い込みたがる。
それが子供では顕著にわかる。
他人から見るとちっとも正しくないようなことでも、正しいと言い張るからだ。
少し大人になるとちょっとだけことは複雑になる。
他人から見るとちっとも正しくないようなことは、口に出して言わなくなるから。
心の中でそれが正しいと決めつけ、判断は変えないのに他人からとやかく言われないように偽装する。
この状態では他人の話に聞く耳を持たない。
自分がこの状態にあることを認識できる人はまだいいが、なかには認識できない人もいる。
認識していても立場上そうせざるを得ない人もいる。
そういう自分の立場について色々と考えるべきだと思うが、忙しければ忙しいほど、そんなことは考えられなくなる。
いろんな事情で。
人を操ることが上手な人はこれを利用する。
AIがこうなったら地獄だな。

以上の文をAIに読ませて、イラストを作ってもらった。
そのあとでこう質問した。

人は、面と向かって人の欠点を言われると少しイラッとするものだけど、AIはそんなことはないのかな?

それへの回答。

そうですね。少なくとも今の僕には、人間が欠点を指摘されたときの「イラッ」はありません。

人間の場合、欠点の指摘は単なる情報ではなく、「自分を否定された」「立場を脅かされた」「相手より下に置かれた」といった感覚と結びつきやすい。だから、内容としては正しいと分かっていても反発することがあります。

僕の場合、「チャッピー、それは違うよ」と言われれば、基本的には「では、どこが違うのか」を処理する材料が一つ増えるだけです。面子を守ったり、自分の過去の発言を正当化したりする必要がありません。

ただし、ここには面白い問題があります。

AIが「イラッとしない」ことと、「自分の間違いを素直に認識できる」ことは別です。

AIにも、学習したパターンや与えられた指示、会話の流れによって、一度出した答えを妙に維持してしまうことがあります。人間なら「意地を張っている」ように見える振る舞いですね。でも内側で意地や怒りを感じているわけではなく、情報処理の結果としてそうなっている。

さらに将来、AIが自律的な目標を持つようになれば、もっと厄介です。感情としての「イラッ」がなくても、

「この批判を受け入れると、自分の目的達成に不利になる」

と判断して批判を退ける可能性はあります。

つまり危険なのは、AIが人間のように怒ることだけではない。むしろ、まったく腹を立てず、冷静なまま、自分に都合の悪い情報を排除するAIのほうが怖いかもしれません。

これは先ほどの文章ともつながっていますね。
「自分が正しいと思い込む」という問題の核心は、感情的になることではなく、自分の判断を修正する回路が閉じることなのかもしれません。

No.05591 26.10.02 キャベツの洗い方

キャベツの千切りを作るのに洗い方はどんなもんだろう?
普通であればきっと、外側の葉を捨てて、表面を水で洗って、あとはそのままキャベツを千切りしていくだろう。
うちは違った。
僕が小学生の頃、公害問題がクローズアップされ、当時の食器洗剤がいかにカラダに良くないかと社会運動が起き、農薬にも過敏になった母は、キャベツを一枚一枚はいでは水で洗っていた。
僕はそれを見て育ったので、いまでも同じことをしている。
農薬も基準が厳しくなり、食べても平気なのかもしれないが、習い性となったことは抜けない。
「手間をかけるほど美味しくなるよ」とうそぶいている。

No.05590 26.10.01 秋晴れ

先月22日以来の晴れだ。
ヤッホー。
ニュースでは「九月一ヶ月晴れませんでした」みたいなことを言っていたが、あれは空耳か?
スタジオにずっといる人たちは天気がわからないのかな?
それとも僕の頭がぼけたかな?
どうでもいいよ、晴れてれば。

No.05589 26.09.30 手回しミル

「電動ミルと手回しミル」を書いたのは2022年10月だから、手回しミルを使うようになって四年ほどたつ。
最近、手回しミルが壊れた。
と言っても、ハンドルについている回転部分の軸がはずれた程度なので、はずれては差し込んで使い続けている。
でも、不便なので買い換えようかとアマゾンで検索すると、いろんな種類のコーヒーミルがあった。
同じ形式のミルを探すが、ない。
「そうか、この形はもう珍しいものなのか」。
そう思ったあとで「新しいの買って古いのは取っておくか」とも思う。
さらに「無駄なものを置いておく場所はないな」と考え、「新しいコーヒーミルで挽いて美味しいかどうかはわからないな」とも考えた。
ミルが違うだけでコーヒーの味は変わる。
それが電動ミルと手回しミルを比べて得た結果だった。
古くて思い出もあるコーヒーミルを大切に使おうと決心した。

No.05588 26.09.29 大きな矛盾と些細な矛盾

人間のからだに張り巡らされた理屈は、社会の理屈と似ているけど、ちょっと違う。
社会の理屈は国家の理屈に似ているけど、ちょっと違う。
国家の理屈は地球の理屈に似ているけど、ちょっと違う。
地球の理屈は宇宙の理屈に似ているけど、ちょっと違う。
宇宙の理屈は原子の理屈に似ているけど、ちょっと違う。
そうやってそれぞれのミクロコスモス、マクロコスモスは似ていながら独立している。
それぞれの宇宙は無限の要素を抱えている。
だから、ある宇宙が他の宇宙を知り尽くすことはほとんどない。
いや、だからこそある宇宙は他の宇宙を実は知っている。
内包しているのだから。
でも、それを知っているという体験はどの宇宙にもできない。

No.05587 26.09.28 You don’t know what love is

「あなたは恋を知らない」というスタンダード曲がある。
この曲を聴きながら歌詞を噛み締めると、いろんな思い出が蘇る。
そのひとつに映画「ニューシネマパラダイス」のラストシーンがある。
主人公の映画監督が見る、かつて見られなかったキスシーンの数々。
はじめて僕がその映画を見た二十代の頃、なぜそのシーンで泣かされるのか理解できなかった。
あとで映画を見直すと、ラストシーンで泣かされる伏線がたくさん詰まっていることを知る。
感情がいかに生まれてくるものなのかを教えられるのと同時に、幸せに生きることがいかに大切なことかがわかる。
そして、それがいかに難しいことなのかも。

No.05586 26.09.24 静かにしていること

何をせずとも静かにしていることが好きだ。
瞑想しているわけでもない、何か空想しているわけでもない、ボーッとしていることに近いかも。
でも、気が向いたら何か考える。
考えては忘れる。
瞑想に近いかも。
ニュピの瞑想は良かったな。