父の書いた「幕臣列伝」という本が新装され発売された。
来年の大河ドラマと関係があるようだ。
初版は1981年だったので、45年も前の作品。
歴史書のようなものなので、古くても価値があるのかも。
当時僕は浪人中。
自分のことしか考えていなかった。
父の仕事に関して話をするようになったのは僕が会社を辞めてから。
学生の頃にはたいした話をしなかったけど、考え方の芯は似ている気がする。
相方がはじめて父に会ったとき、「ようじは理屈っぽいだろう」と言っていたが、それはあなたに育てられたからです。
No.05330 24.12.13 祈り
酒を飲んでいて友人に不意に「自分にとって祈りとはどういう意味があるのか?」と問われた。
いろんな意味があるだろうけど、酒の席で答えられるような粋な答えは浮かばなかった。
二日ほどしてふと思いついたこと。
酒の席向きの答えではないが、ある答えが降りてきた。
「生きていなさい」
母の言葉だった。
なぜか母はことあるごとに「生きていなさい」とか「死んだらダメよ」とかよく言った。
僕は死ぬ気はないし、生きているのが当たり前と思っていたので、なんでそんなことを言われるのか理解できなかった。
酒席の問いで、あれは母の祈りだったんだなと理解できた。
No.05285 24.09.22 100歳
昨日、父の誕生日でした。
生きていたら100歳。
父は「敗者の文学」を追求していました。
僕が幼い頃は、「勝者の文学」を追求したほうが儲かって良いと思っていましたが、最近になって、やっとその深い意味が分かってきた気がします。
父さん、100歳の誕生日おめでとう。
No.05281 24.09.12 幸せであること
幼い頃、ジュースが飲みたいと駄々をこねました。
僕が幼かった頃は近所にコンビニなんてありません。
そこで母はどうしたか。
コップ一杯の水を僕に持たせて「美味しい、美味しい」と言いながら飲ませたのです。
僕は最初不満でした。
でも、飲んでいるうちに水が美味しく感じられたし、飲み終わると喉の渇きも取れてました。
そこで母に「美味しかったねぇ」と言われると、それで満足してしまいました。
子供だったからそれで済まされたという見方もできますが、ときどき大人になってからもそのことを思い出すことがあるのです。
今の状況に満足できること。
これってとても大切なことがあるのです。
人間はすべての欲を満たすことはできません。
それに執着をしだすと大変なことになります。
現状で満足する。
そして幸せを噛みしめる。
欲に振り回されるのではなく従える。
幸せであることは、いつでも生み出すことができるのです。
No.05233-2 24.07.02 まなざしの色
モネの絵に
母の顔は見えずとも
水面に浮かぶ
まなざしの色
No.05231 24.06.24 結婚式
甥の結婚式に参列してきた。
大きなチャペルで100名近い人たちに祝福してもらっていた。
披露宴は笑いで溢れていた。
新郎新婦の人柄がよく表れていたいい式だった。
No.05225 24.06.09 ホットサンド
三年ほど前にホットサンドプレートを買って以来、月に何度かはホットサンドを作っている。
相方が具材を切ってサンドウィッチに成形する。
それをプレートに詰めて焼くのは僕の仕事。
説明書には中火で片面二分、両面で四分と書かれていたが、それだと火が強いと焦げてしまうし、具材に熱がまわらない。
火加減を調節して、試行錯誤の上、極弱火で片面四分、両面で八分に落ち着いた。
各面の最後の一分で匂いと音で判断し、微妙に火を調節してわずかな焦げ目をつける。
こうすると相方が研究の結果行き着いたてんこ盛りの具材にも熱がまわってよろしい。
アッチッチとなったハムやチーズやトマトやキュウリに挟まれたチーズがトロトロになる。
No.05193 24.04.15 父の命日
昨日は父の命日だった。
父は時々ひょっこりと現れる。
夢に出てきたり、思いがけないときに父の書いた本に出会ったり、何の関係もないはずの場所で不意に思い出したり。
そういうときは、父からのメッセージだと思うようにしている。
No.05115 23.12.19 A Symphonic Celebration – Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki
タイトルのアルバムを聞いた。
聴き始めて泣いてしまった。
楽曲や音が素晴らしかったのはもちろんだが、いろんな思い出があふれだした。
まず僕は久石譲が映画音楽を書き始める前から知っていた。
高校一年のとき、映画「ロッキー」がヒットし、それをブラスバンドで演奏することになった。
確かリットーミュージックの吹奏楽団用スコアの編曲を久石譲がしていた。
映画ではCでファンファーレが始まるのだが、久石の編曲ではE♭で始まっていた。
その方が楽器の特性上よく響くのだ。
他にも、これ間違いかなと思うほどきめ細かい編曲がしてあった。
リピートの部分、一度目はテンションのかかった音を吹かせておいて、二度目はテンションのかからない音にするなど。
それで久石の名前を覚えた。
しばらくすると、ヤマハのニュー・サウンズ・イン・ブラスの編曲も始めた。
つまり、ちょっと格が上がったように感じた。
リットーミュージックの楽譜は手書きを印刷したものだったが、ヤマハは綺麗に機械によって印刷されていた。
大学生の頃に「風の谷のナウシカ」の音楽をやっているのを知る。
すごいなあと思った。
それからの活躍は皆さんのご存じのとおり。
そして、今回はドイツ・グラモフォンから「A Symphonic Celebration – Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki」を発売した。
グラモフォンはクラシック音楽のレーベルとしては一番と言っていい名門。
そこから発売されていたカラヤンのアルバムを昔よく買った。
でも、この思い出は泣くような種類の思い出ではない。
次に思い出したのは、母のことだ。
氷川台にシェ・ソワというフレンチのレストランがある。
そこの料理がとても美味しい。
単に美味しいだけでなく、とても懐かしいのだ。
何度かかよううちに、その理由がわかった。
シェフがプリンスホテルで修行したのだ。
昔、苗場や軽井沢、箱根など、何度か食事したことがあった。
母がプリンスホテルの味が好きだった。
生前「練馬には美味しい店がない」と文句を言っていた。
だから、母をシェ・ソワに連れて行きたかった。
そこでのBGMはいつも久石の曲なのだ。
こういう思い出が積み重なって泣けてしまう。
歳を取るとはそういうこと。
タイトル通り、まさにセレブレートしてもらった気がする。
No.05113 23.12.16 パコラバンヌ・ブール・オム
大学生の頃、母が「男も身だしなみのためにフレグランスくらいつけなさい」とパコラバンヌ・プール・オムを買ってきた。
照れくさいので断ったが、次第につけるようになった。
10年くらい同じものをつけていたが、ある時から香りが変わったように感じた。
天然香料が使えなくなってきた時代だった。
今も売っているようだが、あの香りではないよなと思うと、余計に懐かしくなる。

