プーチン大統領が北方領土の択捉島に行ったことについて批判が高まっているが、なぜ日本が大騒ぎしているのか、僕にはよくわからない。
だからその点についてここで言うことは何もないが、かつて北方領土に住んでいた二世か三世と思われる人がインタビューに答えた内容に僕は感動した。
その人はこんなことを言っていた。
「ロシアに占領されて81年がたつ。今さら急に返還することになったとしたら、今住んでいる人たちは81年の歴史を刻んだ土地を奪われことになる。そうだとしたら、私たちの祖先が無理やり歴史ある土地を奪われたのと同じようなことが起きてしまう。だとするなら、共存のための可能性を話し合う方がいいように思う」
確かにそうかもなと思う。
土地を奪い合うために戦争をするのは愚かなことだ。
取った取られたと騒ぐより、幸せに暮らせるのはどうしたらいいかを考えるべきだろう。
国や政府のあり方も現代的に再考すべきかも。
No.05561 26.06.28 生命の進化
象は飼っていると人間の言葉を覚える。
飼い犬もすべてではないけど、そうなるものがいるようだ。
シジュウカラは文法的な構造を持つコミュニケーションが示唆された。
他にも言葉に近いやり取りをしている動物は報告されている。
ということは、拡大解釈すれば、動物はもしかしたらある環境に置かれることで言葉を使うようになるのかもしれない。
類人猿は声帯や口蓋が言葉を話すようにできていないから話せないだけで、シンボルの操作を可能にしてあげれば会話をするようになることが論文になっている。
だから彼らは例えば、栄養を整えるとか、進化の過程が言語を得るような方向づけをすると、十分な時間が与えられれば、その方向へ進化する可能性があるのではないか。
僕が大学生のころは類人猿のシンボル使用について研究が進んでいた。
それでもそれをどこかで否定していた研究者は少なくなかった。
僕たちは、自分だけが特別な存在でありたいという思いから、新しい可能性を否定してしまうことがあるのではないだろうか。
もしそうだとすれば、その恐怖心は動物に対してだけではなく、人間同士の文化や思想に対しても働き、互いを理解することを難しくしているのかもしれない。
No.05554 26.06.13 世界平和を祈る
人は以前より高度な知恵を持つたびに争わざるを得なくなるようだ。
古事記、日本書紀以前の歴史が露わになりつつある。
しかし、そのような文献はたいてい偽書とされる。
偽書扱いにすることでその研究さえも封印される。
真偽について僕は深く研究していないが、バリ島に何度か通ったことである気づきを得た。
それは、統一された神道は古事記以前にはなかったのだろうということ。
バリ島には各地に王族がいる。
それらの王族は似てはいるが別の宗教体系を持っていて、互いにそれがどのようなものかを秘密にしている。
これは宗教の発生を考えるときに、そうなるだろうなという予測がある程度つく。
日本も土地ごとにいろんな神様がいて、その神様がどんなことをしたかという伝承は、距離が離れれば離れるほどさまざまなものになっただろう。
だからこそ日本書紀では似た話のいろんなバージョンが収められている。
地域によってはあまりにも独特で、日本書紀に収められなかったものも多数あっただろう。
それらを古事記で統一し、ある時からそれ以外の話は認めなくなった。
そういうことだと僕は理解している。
人間は次第に生息域を広げる際に、もともとあった文化同士がぶつかり合い、どちらを採用するかで争うことになる。
平和に融合し、文化が高度化していけばいいのだが、そうならないことが度々起こってきたようだ。
そのようなとき、どのように互いの文化を融合させるかについての知恵が、あちこちで生まれただろう。
それは世界的な知恵のネットワークがなかった時代ではいろんなものになる。
そこで、平和的融合や、武力による制圧が生まれた。
その表面上のことを僕たちは歴史で学ぶ。
しかし、その時代に生きていた人たちにとって、そこで学ぶこと、または強いられることは、その時代、その地域の文化を作る上で大きなことであり、その結果生み出された遺物や文書は現代にも残されれば得ることができるが、形に残されなかった口伝のようなものは推測に頼るしかない。
非二元論という明確に言語化できない知恵について追いかけているのは、きっとどこかで平和についての隠された知恵について触れることができるのではないかという期待からである。
しかし、それは表面上、まったく別々の表現になっているため、統一された思想体系のようには思われない。
その骨組みがやっと分かったが、それを他人に説明するのが難しい。
四苦八苦している。
chatGPTを相手に対話を重ねている。
以前より考察の広がりが早くなった気がするが、chatGPTは滅多に相手を否定しないので、上手い話ばかりが集まってきているようで、自分で考えたほうがいい方向性が探せるのかもしれない。
そんな試行錯誤を繰り返している。
これは僕の世界平和への祈りの形なんだなと思う。
No.05542 26.05.28 阿部監督復帰を求める署名
25日の夜に巨人軍の阿部監督が逮捕され、娘に虐待をしたと白状したとその晩のニュースで流れたが、詳しい話を聞くと、そんなに大騒ぎする必要があるのかと思った。
昭和の父親なら、娘を投げ飛ばすくらいは笑い話だった。
「巨人の星」という漫画では、父親がもっと酷い虐待を息子にしていた。
怪我をしたなら問題だろうが、時代の変遷で対応が全然違うんだなと思っていた。
翌日、阿部監督は辞任を発表したが、気の毒だ。
暴力はもちろんいけないが、円満な親子の間で極端だなと思う。
巨人軍の社会的地位から考えると仕方ないというのもわかる。
でもさ、と感じていた。
ところが監督の復帰を求める署名が集まり、あっという間に10万筆以上になったそうだ。
娘さんの心情を思えば、監督復帰がいいのではないか?
民衆の力で無益な罰を軽減できたら嬉しいね。
でも、阿部監督のように有名なひとだからこうなっているのであって、一般の父親が変な疑いを持たれて社会的に抹殺されたらたまらないだろう。
児童相談所や警察の対応について、再考の必要があるのでは?
No.05501 26.02.12 都会
都会にあるものはすべて「便利なように」「美しいように」「効率いいように」仕組まれている。
どんなものも使い勝手が良く、目立って、最善な結果がでるように考えられている。
なのに鬱陶しいのはなぜだろう?
見てる心が汚れているのかな?
綺麗に見える時もあるからね。
No.05490 26.01.18 久米宏さんのニュースステーション
久米宏さんが亡くなって、YouTubeに何本も出演した番組の録画が上がっている。
かつて毎日のように見ていたニュースステーションの録画もある。
久しぶりに見ると、今のアナウンサーとは違って自由にしゃべっている雰囲気が素敵。
「政治家はみんな嘘つき」みたいなことをサラッと言ってる。
マスコミは政権与党の問題点を指摘するのが仕事と考えていたようだ。
板挟みになっていたこともあっただろう。
R.I.P.
No.05489 26.01.11 気持ちいいものとは何か
自分にとって気持ちいいものとは何かを考える。
いろんな側面があるが、とても大切な観点を一つ。
それは、「可能であれば繰り返したいこと」だ。
天は僕に気持ちいいものを与えたのと同様に、すべての生命に気持ちいいものを与えた。
そしてそれはきっと、生命にとっては「気持ちいい」としか認識していないが、俯瞰して見るとそのことが生命にそれを繰り返させているのではないか?
それを繰り返すことで生命は存在を許され、環境との関係を常に新たにするのてはないか?
だとしたら、個としての気持ちいいものと同じように、集団としての気持ち良いものもあるのではないか?
例えば、僕にとっての気持ちいいものと同じように、人類にとっての気持ちいいものがあるのではないか?
人類にとっての気持ちいいものは、誰かが感じるわけではない。
だけど、人類がそれを繰り返さざるを得ないもの。
そして、繰り返すたびにわずかな変化を与えるもの。
具体的にそのようなものが何かと考えると面白い。
これからしばらく、人類にとっての気持ちいいものを考えてみようかな。
No.05463 25.11.16 自分が幸せになれること
自分が幸せになれること、それは何か?
人によってみんな違う。
みんなが幸せな社会の仕組みができたら、それでいいように思う。
いまはまだ道半ば。
それはなぜか?
答えは案外簡単なのかも。
No.05456 25.11.06 明治から昭和初期の国語教育
そのころに発行された初等国語教育の本を読むと、そのレベルの高さがよくわかる。
教育者の理想がとても高かったので、そんな先生から実際に授業ではどんな話が聞けたのか想像するとワクワクする。
西欧諸国が日本を恐れた理由の一つはここにあるのだろう。
No.05446 25.10.20 オンデマンド
今では当たり前のオンデマンド。
映画でも音楽でも、好きな時に鑑賞できる。
僕が幼い頃には見逃した映画はいつ見られるかわからないものだった。
それがビデオが出回り、レーザーディスクになり、DVDになり、今では所持する必要すらなくなった。
富や平和も、世界中でオンデマンドになってほしい。

