No.05195 24.04.17 Tシャツの季節

パツンパツンになってしまったズボンを履いて、昼間に自転車で走ってきました。
暑かったので上半身はTシャツで。
色の濃いシャツだったので直射日光に当たると暑かった。
四月にTシャツで自転車に乗って暑いというのは、めでたいことなのか?
今日は気持ち良かったのでよしとします。

No.05188 24.04.10 特急ラビュー

秩父からの帰りに特急ラビューに乗った。
レッドアローの後継機だ。
運転席の窓は丸くて、しかも外側がすべて銀色なので「地球が静止する日」のゴートというロボットを思い出す。
客室の窓が足元まで広がっているので、走っているところを外から見ると、乗客の姿が頭から足元まで見える。
速度が速いのであまりまじまじと見られることはないが、駅に着くとき心配だった。
実際にはホームドアで隠されるから平気だったが、駅で電車を待っている見知らぬ乗客が覗き込み、ビール片手にポテチを食べる瞬間に目が合ったのはドキッとした。
内装は壁がベージュ、シートは丸みを帯びていて、背もたれがレモンイエロー、座面が灰色。
レモンイエローの面積が大きいので、客室全体が黄色い印象になる。
斬新で、ちょっと昔のSF映画の宇宙船内のようだ。
日常から離れて異質な体験をするにはいい。

No.05185 24.04.07 お花見

花曇の空のもと、お花見をしてきた。
桜の下から空を見ると、花びらが作る木漏れ日と一緒に淡く青い空が見えた。
ヘリコプターが飛んでいた。
幸せそうな人たちと一緒に、花を散らす嵐の音を聞いた。

No.05116 23.12.21 震電

上映回数が減り、もうスクリーンでは見ることができなくなるかもしれないというタイミングで、映画「ゴジラ-1.0」を見た。
いろんな点でウルッとした。
怪獣映画でウルッとするのはおかしいと思うかもしれないけど、理由を聞けば納得してもらえると思う。
僕は仕事で、生き残った特攻隊員の皆さんにインタビューしてまわったことがある。
命を賭けて戦いに行くが、さまざまな理由で生き残ってしまった人たちは、帰ってくるといろんなところでなじられたそうだ。
そのときの心の傷をどのように癒していったかも伺った。
「ゴジラ-1.0」では主人公がその立場で、あちこちで悔しい思いをさせられる。
それで、主人公の言動にどうしても心動かされてしまった。
終わりのシーンで、震電という飛行機が活躍する。
それにまた泣かされた。
震電は終戦間近に完成したので、実戦に投入されていない。
震電の開発に携わっていたかたの娘が友人にいて、三年前にその話を聞いていた。
生前は父親がそんなことをしていたとは知らず、亡くなって十数年して遺品を紐解いたらそのことについて詳細に書かれたノートや写真が見つかったという。
ノートにはテスト飛行しかできなかった震電のことが事細かに書かれていたそうだ。
戦争が終わってから一機がアメリカの手に渡るが、そのことを昭和42年の毎日グラフが取材していて、その雑誌も大切に保管されていた。
「アメリカに眠る日本の翼」と題された特集記事に、多くの日本製の戦闘機は箱詰めされて大事に保管されたと書かれていたが、震電はなぜか野晒しにされたと書かれ、残酷なことに朽ち果てた写真も掲載されていた。
娘さんは「父はどう思っただろう?」と呟いていた。
その後、その扱いは問題だと思ったらしく、スミソニアン航空宇宙博物館に移され、コックピットの部分だけ展示されるようになったそうだ。
その話を聞いて「そりゃお父さんよっぽど悔しかっただろう」と思っていたので、「ゴジラ-1.0」で震電が自由自在に飛び回り、ゴジラを追い込んでいくシーンを見て泣けて泣けて。
僕よりも、娘さんのお父さんがあの勇姿を見たかっただろうと思う。
震電はプロペラが後部についている珍しいフォルムで、飛行する姿がとても美しい。
海面ぎりぎりを飛ぶさまを空から撮影したシーンが脳裏に焼き付いた。
娘さんのお話のおかげで「ゴジラ-1.0」の深い部分を味わわせていただいた。
娘さんの淡々としたお話はこちらで聞くことができる。
https://www.youtube.com/watch?v=ppoCWnnyJOk

No.05051 23.08.30 カパルアまでサイクリング

ラハイナから海沿いの道を北上するとカパルアに出る。
左手に海、右手に雄大な山を眺めながら、レンタサイクルでえっちらおっちら10kmほど走った。
海風があるとはいえ、ハワイは暑い。
途中にウェスティンの系列のホテルがあったので休憩した。
カパルアの看板を見つけて、海沿いまで自転車で降りて行った。
だけど、その辺りはリゾートが立て込んでいて、きっとその向こうには海があるんだろうなと思いながら、リゾートの門ばかり見て帰ってきた。

ラハイナの思い出は今回で終わりにします。
あの素敵だったラハイナに住んでいた人たちが健やかになり、いつか再興することを祈っています。

No.05048 23.08.27 ホエール・ウォッチング

ラハイナの港からホエール・ウォッチングの船が出ていた。
まだ暗いうちに集まって、出港の頃にやっと朝日が登ってきた。
マウイ島のはじから登った太陽は、海を照らすと反対側に虹を作った。
日が充分に昇ると、マウイ島のなだらかな山に生えている緑を輝かせた。
船のデッキから鯨を探した。
遠くに潮が吹き上がるのを見つけると近寄って行った。
大きな尻尾が水を持ち上げ、滝のように落としていた。
そのときの記念写真は本棚に飾ってある。

海沿いの道を車や自転車で走っていると、ときどき人が五、六名、海を見つめていることがある。
視線の先にはたいてい、鯨がいた。

No.05010 23.06.29 都内の自転車道

都内にはかなり自転車道ができてきた。
車道の端に自転車通行帯が示してあるものや、広い歩道を自転車と共有するタイプなど、自転車の通れる道がはっきりしてきた。
昔は歩道を走ればいいのか、車道を走ればいいのか、不明瞭で肩身が狭かったが、今はどちらも堂々と走っていける。

No.04992 23.06.05 踏切の音

目の前にいたらうるさいかもしれないけれど、少し離れたところに聞こえてくる踏切の音はいい。
特に真夜中、静寂の中を、遠くから聞こえてくる踏切の音はなんかいい。
「みんなが元気に生きている」って感じがする。

No.04977 23.05.11 ウィンカー

LEDが何灯も点き、流れるように光っていく車のウィンカーがあるが、あれを見るたぴ思い出すのは、小学生のころ流行っていた自転車のウィンカー。
当時の自転車用ウィンカーは豆電球だったが、何灯かで流れる光を演出していた。
今見ると、やりすぎで重くて走らないのでは? と思うが、当時は憧れていた。
あの自転車に乗りたかったが乗れなかった。
そんなことを今も気にしているのが笑える。