No.05461 25.11.14 形象理論とその超越

戦前の国語教育のレベルの高さに驚き、No.05456を書いたが、その根拠は垣内松三の形象理論にあった。
形象理論を理解するために垣内の論文を読んだが、そこまで考えて初等教育の読み方、書き方を教えるのかと唖然とした。
現代では成人でも理解し難い言語に関する考察を尽くした上で初等教育にあたる。
そのような論文を読んでいると、なぜ人間はカルトにはまるのかとか、特攻隊員がなぜ自らの意思で敵戦艦に突っ込んで行ったのかなどが理解できる。
現代ではそれが危険な思想だからと避けることによって大切な概念にたどり着けない状況がある。
しかし、それを理解し尽くせば、カルトにはまることもなくなると思うのだが、大切な概念を超えていく意思がないと、確かにはまってしまうのかもしれない。
その「大切な概念」とそれを「超えていく意思」とはどのようなものかを伝えていきたい。

No.05442 25.10.13 雪の降る街を

女性合唱団アンサンブル・アクア・ジャパンの第一回公演を聞いてきた。
藝大出身者が中心らしく、見事なハーモニーが聞けた。
指揮者の三好郁夫氏は藝大を卒業し1984年からスイスで活動。
三次氏が日本に滞在中にのみ活動するプロジェクト合唱団だそうだ。
長年ヨーロッパ圏にて向こうの言葉で演奏活動してきた三好氏にとって、日本で日本語の曲を指揮することはとても心が震えるもので、その様がよく演奏に表れていた。
そのコンサートの最後の曲が「雪のふるまちを」だった。
それを聞いて古い記憶の扉が開いた。
まず一つは、僕が高校一年の音楽の授業で、期末試験としてこの歌をピアノ伴奏を編曲した上で歌ったこと。
もう一つは、母がユトリロの絵が好きで、この曲を聴くたびにユトリロの描いた冬の街を思い出すこと。
僕は「雪の降る街を」と記憶していたが、調べると、最初「雪の降るまちを」と表記されたが、発表のたびに「雪の降る町を」「雪の降る街を」と変化したそうだ。
アンサンブル・アクア・ジャパンのプログラムには「雪のふるまちを」と記載されていた。
その変遷にはどんな物語が隠されているのか、興味が生まれた。

No.05436 25.10.02 エネルギーを与える

この世の中は不思議なことが起きる。
その不思議なことをかいくぐって、よくぞ生かしてもらっている。
たくさんの不思議なできごとを見せてくださり、ありがとうございます。
こう書いて気づきが来た。
「Mr. Irony」の理由はこれか。

No.05418 25.08.08 見送ること

人が行き交う通りに立ち、誰かの進行を止めるのはよくないことと思う。
それが親族友人でも、それが流れであろうと意図的てあろうとも。
行く方向が絶対的な悪であったり破滅であっても、本当の本当にそれが絶対的と誰がいえよう。
少なくとも僕には言えぬ。
絶対的な善を見たことがないから。
どんな愛も、多少の過ちを含むから。

No.05407 25.07.22 不快の正体

「トランプvsディープステート最後の死闘」という本を読んだ。
著者は元ウクライナ兼モルドバ大使を務めた馬渕睦夫氏。
ディープステートの話をすると、嫌がる人がいる。
多くの場合「陰謀論は信じない」という話になるが、本当は違うのではないか?
資本主義で育ってきた僕たちは、ディープステートの気持ちがわかる。
勝てればいいというその視点。
敗残者について考える必要はないというその傲慢。
隠された心が疼く。

No.05394 25.06.14 社会的リフレーミング

拙著「ヒーリング・ライティング」や「あなた自身のストーリーを書く」にリフレーミングについて書いた。
リフレーミングは個人の心で起きることだが、それが社会全体で一度に起こるような気がしている。
例えば、ウクライナとロシアや、イスラエルが中心となっている戦争について、多くの人はそこに恐怖を感じていると思う。
それがひっくり返る。
政治は世界中で混乱している。
理由は明確で、インターネットのおかげで政治家たちが裏で行なっていた不正や秘密にしておきたかったことが表に出てくるようになったから。
リーダーたちのあまりもの傍若無人ぶりに一般民衆が呆れ返って批難を通り越して馬鹿にしたり、支持をやめたりし始めているように感じる。
ある一線を越えることで社会的リフレーミングが起こり、一般民衆が目覚め、社会が別の位相に飛躍するのではないか?

No.05281 24.09.12 幸せであること

幼い頃、ジュースが飲みたいと駄々をこねました。
僕が幼かった頃は近所にコンビニなんてありません。
そこで母はどうしたか。
コップ一杯の水を僕に持たせて「美味しい、美味しい」と言いながら飲ませたのです。
僕は最初不満でした。
でも、飲んでいるうちに水が美味しく感じられたし、飲み終わると喉の渇きも取れてました。
そこで母に「美味しかったねぇ」と言われると、それで満足してしまいました。
子供だったからそれで済まされたという見方もできますが、ときどき大人になってからもそのことを思い出すことがあるのです。
今の状況に満足できること。
これってとても大切なことがあるのです。
人間はすべての欲を満たすことはできません。
それに執着をしだすと大変なことになります。
現状で満足する。
そして幸せを噛みしめる。
欲に振り回されるのではなく従える。
幸せであることは、いつでも生み出すことができるのです。

No.05246 24.07.24 箱の解剖

思い出すとはどういうことだろうか?
思い出すのは一瞬で、全体を感じる。
そのあとで説明のために細かい部分を言葉にしていく。
ところが、説明に時間がかかる。
だから思い出すことにも時間がかかっているように感じてしまう。
何度も思い出を文章にしていて気づいたのは、僕の場合、思い出すのは一瞬ということ。
この一瞬で思い出の全体像を得ている。
そののちに細かいことをポロポロと知覚していく。
その細かいことは、前提があってはじめて思い出す。
たとえば、昨日書いた不思議な体験のことをマルッと思い出す。
そののちに「バリ島で一緒にいた女性の名は?」と問われれば、思い出すことができる。
だけど、バリ島での思い出と紐づいてない状態でその日の日付を言われて、「その日に一緒にいた女性の名は?」と問われても、いったい誰のことやらさっぱりわからない。
つまり思い出は、箱のような仕切りで仕切られている気がする。
箱が明確になると、中身もはっきりする。
その箱は、不思議な箱で、多次元の形を持つ。
たとえば、「バリ島での鳥の思い出」と言われると、昨日の話のほかに、別のときに体験したことも思い出す。
「バリ島での」を抜いて「鳥の思い出」と言われれば、もっとたくさんのことを思い出す。
だけどいきなり「どんな思い出がありますか?」と問われたら、「バリ島での鳥の思い出」に含まれることを思い出さないかもしれない。
つまり思い出は、集合の帰属と包含のような簡単な関係ではない。
だからそれを普通の箱のように思うと、それは違う。
ある一面から見ると箱のようであり、別の面から見るとネットワークのようである。
だから、不思議で多次元な箱だと思う。

No.05245 24.07.22 箱の秘密

夢で見た箱がなぜ楽しいのか、探究してみることにした。
フタが白くてそれ以外が青い箱で思い出すものは何か?
自分の人生の中では何も思い出さない。
ふと出てきたものは、古代文明の遺物によく出てくる鞄のようなもの。
でも、関係なさそうだ。
次に思い出したのは、チチェン・イッツァに行ったときの不思議な出来事。

今から10年ほど前、チチェン・イッツァに行った。
そこを発掘した一族が建てた建物が改装されてリゾートホテルになっていたのでそこに泊まった。
翌朝、大きな鳥が泊まっていた部屋のガラス窓に当たって死んだ。
屋根のあるベランダが広く、その奥にあった窓までよく鳥が飛んで入ってきたなと思った。
そのまた翌朝、友人から電話があった。
共通の友人が死んだという知らせだった。
共通の友人はかなりのサイキックだった。
ときどき不思議なことを言うと、それにまつわる不思議な出来事が連鎖した。
その友人が突然死んだ。
それでふと、昨日の鳥はそのサイキックな友人が知らせに来たのかなと思った。
すると、その瞬間、感じたことのない感覚がやってきた。
その感覚はあえて言語化すると、「この世界が多次元であることに深く気づけ」とか、「この世界には無限の解釈が存在することに深く気づけ」とか、そんなことを伝えられたようだ。
「なんだ今のは?」と思ったが、それ以外何も起きなかった。

メキシコから帰って、僕は出版パーティーを開いた。
宝生明という別ペンネームでSFファンタジー『太一〜UFOに乗った少年』を書いた、その出版パーティー。
その席上で、水晶画家のAkiraに久しぶりに会った。
メキシコ、チチェン・イッツァでの体験について話したら、急に「やっとわかった」という。
「なにが?」と聞いたら、こう答えた。
「はじめての個展『創世記』に、『タイムマシンの窓より アルバート・アインシュタイン』という作品を描いたんだけど、その裏にさぁ、なぜだかわからないけどこう書いたんだよ」

「きみたちはいずれ
 いくつもの宇宙と
 いくつもの自分に
 気ずく時が
 くるだろう」

「これってさあ、『この世界が多次元であることに深く気づけ』と同じこと言ってるよね」
「確かに」
それで、その絵を後日預かることになった。

チチェン・イッツァでの体験の一ヶ月後、僕はバリ島にいた。
1999年から毎年のようにバリ島のニュピというお祭りに通っていた。
そのお祭りの日、バリ中の人が一日家に籠り断食する。
その日にウブドのプリカレラン王家で、そこの当主と一緒に一日半断食断眠瞑想をした。
僕のブログにその体験について書いていたので、一緒に体験したいという女性からメールをもらった。
バリ島で会ってニュピの前にお話しした。
彼女は瞑想をしたことがないというので、ホテルの部屋で一緒に練習のための瞑想をした。
瞑想のあと、メキシコ、チチェン・イッツァでの体験について話した。
話がほぼ終わり、「この世界が多次元であることに深く気づけ」とか、「この世界には無限の解釈が存在することに深く気づけ」とか、そんなことを伝えられたようだと言ったら、その部屋の窓ガラスがバンッと鳴った。
何かがぶつかったような音。
「これで鳥が窓にぶつかっていたらびっくりだよね」と窓際に行くと、小鳥が一羽、窓の外で死んでいた。

ニュピの日の深夜から断食断眠瞑想を始めた。
翌朝、瞑想していると、目の前のガラス窓にバタバタと音がする。
目を開けると、小鳥がガラス窓にぶつかりながら、こちらに入ろうとしている。
「これはいったいなに?」
しばらくしてその小鳥はどこかへ飛んで行った。
また瞑想を始めると、一時間程して同じことが起きた。
ガラス窓で小鳥がバタバタしていた。
鳥がガラス窓にぶつかって死ぬのを見たのはメキシコが生まれてはじめてだった。
それがバリ島でも同じ体験をし、しかも今度は目の前で小鳥がガラス窓を通り抜けようとして羽ばたいていた。しかも、二回も。

バリから帰るとAkiraに会って、『タイムマシンの窓より アルバート・アインシュタイン』を預かった。
青い幾何学的な曼荼羅を背景に、四つの目を持つアインシュタインが舌を出している絵だった。

この一連の出来事を思い出した。
白いフタの青い箱についての探究はまだ続きそうだ。