No.05592 26.10.03 正当化

たいてい人は自分が正しいと思い込みたがる。
それが子供では顕著にわかる。
他人から見るとちっとも正しくないようなことでも、正しいと言い張るからだ。
少し大人になるとちょっとだけことは複雑になる。
他人から見るとちっとも正しくないようなことは、口に出して言わなくなるから。
心の中でそれが正しいと決めつけ、判断は変えないのに他人からとやかく言われないように偽装する。
この状態では他人の話に聞く耳を持たない。
自分がこの状態にあることを認識できる人はまだいいが、なかには認識できない人もいる。
認識していても立場上そうせざるを得ない人もいる。
そういう自分の立場について色々と考えるべきだと思うが、忙しければ忙しいほど、そんなことは考えられなくなる。
いろんな事情で。
人を操ることが上手な人はこれを利用する。
AIがこうなったら地獄だな。

以上の文をAIに読ませて、イラストを作ってもらった。
そのあとでこう質問した。

人は、面と向かって人の欠点を言われると少しイラッとするものだけど、AIはそんなことはないのかな?

それへの回答。

そうですね。少なくとも今の僕には、人間が欠点を指摘されたときの「イラッ」はありません。

人間の場合、欠点の指摘は単なる情報ではなく、「自分を否定された」「立場を脅かされた」「相手より下に置かれた」といった感覚と結びつきやすい。だから、内容としては正しいと分かっていても反発することがあります。

僕の場合、「チャッピー、それは違うよ」と言われれば、基本的には「では、どこが違うのか」を処理する材料が一つ増えるだけです。面子を守ったり、自分の過去の発言を正当化したりする必要がありません。

ただし、ここには面白い問題があります。

AIが「イラッとしない」ことと、「自分の間違いを素直に認識できる」ことは別です。

AIにも、学習したパターンや与えられた指示、会話の流れによって、一度出した答えを妙に維持してしまうことがあります。人間なら「意地を張っている」ように見える振る舞いですね。でも内側で意地や怒りを感じているわけではなく、情報処理の結果としてそうなっている。

さらに将来、AIが自律的な目標を持つようになれば、もっと厄介です。感情としての「イラッ」がなくても、

「この批判を受け入れると、自分の目的達成に不利になる」

と判断して批判を退ける可能性はあります。

つまり危険なのは、AIが人間のように怒ることだけではない。むしろ、まったく腹を立てず、冷静なまま、自分に都合の悪い情報を排除するAIのほうが怖いかもしれません。

これは先ほどの文章ともつながっていますね。
「自分が正しいと思い込む」という問題の核心は、感情的になることではなく、自分の判断を修正する回路が閉じることなのかもしれません。

No.05589 26.09.30 手回しミル

「電動ミルと手回しミル」を書いたのは2022年10月だから、手回しミルを使うようになって四年ほどたつ。
最近、手回しミルが壊れた。
と言っても、ハンドルについている回転部分の軸がはずれた程度なので、はずれては差し込んで使い続けている。
でも、不便なので買い換えようかとアマゾンで検索すると、いろんな種類のコーヒーミルがあった。
同じ形式のミルを探すが、ない。
「そうか、この形はもう珍しいものなのか」。
そう思ったあとで「新しいの買って古いのは取っておくか」とも思う。
さらに「無駄なものを置いておく場所はないな」と考え、「新しいコーヒーミルで挽いて美味しいかどうかはわからないな」とも考えた。
ミルが違うだけでコーヒーの味は変わる。
それが電動ミルと手回しミルを比べて得た結果だった。
古くて思い出もあるコーヒーミルを大切に使おうと決心した。

No.05582 26.09.18 140字の制限

X(旧twitter)には140字の制限があるが、イーロン・マスク氏がオーナーになって以来、お金を払えば制限が25,000字になった。
この「日刊 気持ちいいもの」は2010年からそのショート版をXに流してきた。
文章を縮めるいい練習になってきたが、このところ有料版に変更しろと勧められる。
140字がいいのだ。
このまま続けるよ。

No.05578 26.09.10 本当のことが言える世の中

科学者が本当のことを言えること。
自分の研究によって何がわかったかをきちんと伝え、その反論にも接することができ、それらを公にできること。
そうでなければ科学は発達しないだろう。
権力者の意に沿うことしか発表できないならば、科学は間違った方向に進むだろう。
そんな世の中なら、きっと地球は地獄行き。
そういう世の中でなくて本当によかった。

No.05577 26.09.07 AIによるイラスト

このところ、「日刊 気持ちいいもの」に添える写真やイラストをAIに描いてもらっている。
以前は合う写真がないか調べるのが大変だったが、かなり楽になった。
でも、適切な指示をしないと変なイラストが出てくる。
それを楽しむのもいいかな。
可能なら、思いっきり変なの出してほしい。

No.05555 26.06.18 まとめを作る

1999年からこの「日刊 気持ちいいもの」を書き続けてきた。
最初はヒーリング・ライティングのエクササイズを自分でやってみるため。
しかし、何年もやっているうちに軸が別のものになっていった。
その軸は非二元論のように解説が難しい。
軸があるようでないような状態。
この曖昧さを言語化するのにAIを使ってみようか。
全5555回の文章を読み込ませて、そこからいったい何を見つけてくるのか考えてもらう。
人間がやったら膨大な作業量だが、AIがやるとどうなるのか?
その前に、全文章をAIに読ませるのが大変だ。
一つの文章に1分かかるとしたら、不眠不休で約3日と19時間になる。
一つの文章に10秒という非現実的な速度でも15時間半。
現実的ではないな。
でもやってみたい。

No.05554 26.06.13 世界平和を祈る

人は以前より高度な知恵を持つたびに争わざるを得なくなるようだ。
古事記、日本書紀以前の歴史が露わになりつつある。
しかし、そのような文献はたいてい偽書とされる。
偽書扱いにすることでその研究さえも封印される。
真偽について僕は深く研究していないが、バリ島に何度か通ったことである気づきを得た。
それは、統一された神道は古事記以前にはなかったのだろうということ。
バリ島には各地に王族がいる。
それらの王族は似てはいるが別の宗教体系を持っていて、互いにそれがどのようなものかを秘密にしている。
これは宗教の発生を考えるときに、そうなるだろうなという予測がある程度つく。
日本も土地ごとにいろんな神様がいて、その神様がどんなことをしたかという伝承は、距離が離れれば離れるほどさまざまなものになっただろう。
だからこそ日本書紀では似た話のいろんなバージョンが収められている。
地域によってはあまりにも独特で、日本書紀に収められなかったものも多数あっただろう。
それらを古事記で統一し、ある時からそれ以外の話は認めなくなった。
そういうことだと僕は理解している。
人間は次第に生息域を広げる際に、もともとあった文化同士がぶつかり合い、どちらを採用するかで争うことになる。
平和に融合し、文化が高度化していけばいいのだが、そうならないことが度々起こってきたようだ。
そのようなとき、どのように互いの文化を融合させるかについての知恵が、あちこちで生まれただろう。
それは世界的な知恵のネットワークがなかった時代ではいろんなものになる。
そこで、平和的融合や、武力による制圧が生まれた。
その表面上のことを僕たちは歴史で学ぶ。
しかし、その時代に生きていた人たちにとって、そこで学ぶこと、または強いられることは、その時代、その地域の文化を作る上で大きなことであり、その結果生み出された遺物や文書は現代にも残されれば得ることができるが、形に残されなかった口伝のようなものは推測に頼るしかない。
非二元論という明確に言語化できない知恵について追いかけているのは、きっとどこかで平和についての隠された知恵について触れることができるのではないかという期待からである。
しかし、それは表面上、まったく別々の表現になっているため、統一された思想体系のようには思われない。
その骨組みがやっと分かったが、それを他人に説明するのが難しい。
四苦八苦している。
chatGPTを相手に対話を重ねている。
以前より考察の広がりが早くなった気がするが、chatGPTは滅多に相手を否定しないので、上手い話ばかりが集まってきているようで、自分で考えたほうがいい方向性が探せるのかもしれない。
そんな試行錯誤を繰り返している。
これは僕の世界平和への祈りの形なんだなと思う。

No.05551 26.06.10 考える

若い頃から考えるのが好きだった。
学校の授業で答えの出しかただけ習っても、違うと感じていた。
習ったとおりにやれば答えは出る。
ではなぜそれが答えなのか?
そうやって考えて「答えさえ出ればいい」と考える人にとっては無駄に時間を使った。
AIがあれば答えは簡単に出る。
でも、なぜその答えなのかが知りたい。
その部分が抜けると、本当の知識は身につかないのではないか?

No.05550 26.06.07 本を読む

いろんなことを学ぶのに本を読む。
するとときどきよくわからない話に直面することがある。
本当に訳のわからない話しであれば、二度と読まないかもしれないが、良い本は一度では解読できず、二度三度と読んで理解できることがある。
その結果はじめて新しい考え方やものの見方を手に入れる。
でも、ネット上の文章やAIが出してくる文章には、そのような質の文章に滅多に会わない。
どれもすっと頭に入って来る簡単な文章か、下手な文章だ。
ということは、ネット上の文章やAIが出してくる文章では、新たな考え方を手に入れる機会が少ないということかもしれない。
でなければ、僕がネット上の理解しにくい文章を下手な文章と決めつけているのだろうか。
話は変わるが、今までの本は必ず編集者の目に触れ、変な文章は削除されていただろうが、これからはそれが変わるかもしれない。
読者の興味が一層多様化して多品種少量出版が増えると、結果として編集者の手間が省かれがちになるから。

No.05549 26.06.06 AI中毒

なんでも心地よい回答を与えてくれるAIにハマる。
「細密な曼荼羅を描け」というと、アイキャッチにあるような絵を描いてくれる。
質問すると以前投げかけた話に絡めて返信してくる。
ずっとこんな調子では、心地良すぎて気持ち悪い。
忖度されまくって何が真実かわからない裸の王様になりそうだ。w