No.05044 23.08.23 マウイ島ラハイナ

ラハイナが焼け落ちた。
山火事が延焼して街一つが焼けてしまったという。
この事件以来、気持ちいいものを思い浮かべようとすると、ついラハイナを思い出す。
火災が起きてすぐにそのことについて書くのはどうかなと思い、書かずにいた。
ラハイナには三度ほど行った。
とてもいい街だった。
あんなにいい街がなくなった。
その喪失感が深い。
そこで、ラハイナの素晴しさをしばらく書いていく。
ラハイナの人々がこれからも幸せで、コミュニティも再生されるように祈りながら。

No.05043 23.08.19 この世が 焼けてるんだよ 燃えてるんだよ

竜亀さんというお坊さんにお会いした。
佐々井 秀嶺というインドに住むお坊様のもとでお手伝いをしているという。
それで興味を持ち、お二人が出演しているという「ジャイビーム!」という映画を見た。
佐々井 秀嶺師は1967年に龍樹菩薩が夢に出てきてインドでの布教を決めたという。
かつてインドは仏教発祥の地であるのに信者がほとんどいなかった。
それが、ビームラーオ・アンベードカルという不可触賤民出身の政治家が1954年にインド仏教徒協会を立ち上げ、これをきっかけに50万人が仏教徒となったという。
1956年に亡くなるが、そのあと1988年から佐々井 秀嶺師は全インド仏教大会の大導師に就任する。
こう書くと、とても立派なお坊さんのように思えるが、その姿はとても質素で人間的。
そのお坊様が「ジャイビーム!」の中で「この世が 焼けてるんだよ 燃えてるんだよ」と語る。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という思いをインドで実現させようとなさっている。

No.05042 23.08.17 やなせたかし氏

小学生の頃、うちにあった歌唱集にやなせたかしのイラストが入っていた。
その頃にはテレビにもときどき出ていたし、「手のひらを太陽に」という歌の作詞もしていたから、とても有名なイラストレーターだと思っていた。
アンパンマンがアニメになり、誰でも知る存在になったとき、僕が歌唱集で見た頃は大変だったという話を聞いた。
氏が亡くなる一年ほど前、何かの企画でお金が足りず困っていたとき、知り合いが「やなせたかしさんに会いなさい」と言ってくれた。
理由を聞くと、「アンパンマンが出るまで苦労していたので、困っているクリエイターがいると助けてくれる」というのだ。
お目にかかったこともないのにそんなこと頼むのは良くないと思いお断りしたが、一度は会ってみたい方だった。

No.05040 23.08.07 どうして?

気がつくと、ボクは父さんと母さんと兄さんのあいだで暮らしていた。
どうしてボクは生きているんだろう?
そんなことをときどき思った。
それを考えると堂々巡りで気持ち悪くなった。
そこで父さんに聞いてみた。
「どうしてボクは生きているの?」
父さんは答えた。
「どうしてかな? わかったら教えてね」
母さんに聞いてみた。
「私が産みたいと思ったからよ」
小学校でガキ大将のシンちゃんが、図書館で大人向けの性教育の本を見つけて見せてくれた。
だから、男と女がすることをすると、子供が生まれることは知っていた。
でも、なぜすることをすると子供ができるのか?
小学生のボクには、そのすることが、どうも理解できなかった。
理解はできないけど興奮した。
兄さんに聞いた。
「どうしてボクは生きているの?」
「なぜ生きているのかなんて、わかる人はいないよ」
「え、みんな知らないの?」
「そうだよ」
そんなんでいいのか?
そのまま齢六十を過ぎました。
そんなんでいいのか?

No.05039 23.08.06 クスコ

ふと、クスコを思い出した。
ペルーの都市ではなく、クスコというエレクトリックバンドがあった。
1980年頃、よく聞いていた。
あの頃はシンセサイザーが楽器として確立してきた頃で、クスコはシンセサイザーでペルーのパンフルートのような音を多用して、南アメリカの雰囲気を出していた。
日本をテーマにした曲も何曲かあった。
ネット上でさがして久しぶりに聞いた。

No.05038 23.08.05 農民芸術概論綱要

宮沢賢治の論文。
以下に序論を引用する。

序論

……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

おれたちはみな農民である ずゐぶん忙しく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう
求道すでに道である

宮沢賢治著 農民芸術概論綱要

大乗仏教の基本的考え方が表現されている。
大乗仏典はすでに聖徳太子の頃に日本に来ていた。
日本人の考え方の根底に、このような感覚があることを誇りに思う。

No.05036 23.08.03 三経義疏

昔、日本史で聖徳太子が仏教について書いた本が三冊あり、それらを三経義疏と呼ぶと習った。
その三冊は法華義疏、勝鬘経義疏、維摩経義疏だという。
中央公論の「日本の名著第二巻」が聖徳太子の巻で、この三冊が一部略されてはいるが、掲載されている。
「昔習ったな」と思い、ニヤついて拾い読み。