毎朝、そして一日何度も近くに来て鳴いている鳥がメジロだとわかった。
ベランダの前にある木に止まり、鳴いているのを写真に撮った。
「可愛い」と漏らしたら、相方に「私にはそんなこと言わないのに」と叱られた。w
でも、メジロにしては少し複雑な鳴き方をしているように思う。
何年もバードコールを鳴らしてきたので、その音に合わせてきたのかもしれないと考えるが、「そんなことはないだろう」と自分で打ち消す。
でも、もしそうだったら、いっそう可愛い。
あ、しまった。w
No.05543 26.05.31 暑くて心地よい日
今日の最高温度は30度。
夕方にサイクリングすると適度に暑くて心地よい。
昔は真夏もこのくらいの暑さだったような気がする。
まだ五月末。
今年はどのくらい暑くなるのか。
考えると気が重いが、今日の心地よさで盛夏を迎えたい。
No.05542 26.05.28 阿部監督復帰を求める署名
25日の夜に巨人軍の阿部監督が逮捕され、娘に虐待をしたと白状したとその晩のニュースで流れたが、詳しい話を聞くと、そんなに大騒ぎする必要があるのかと思った。
昭和の父親なら、娘を投げ飛ばすくらいは笑い話だった。
「巨人の星」という漫画では、父親がもっと酷い虐待を息子にしていた。
怪我をしたなら問題だろうが、時代の変遷で対応が全然違うんだなと思っていた。
翌日、阿部監督は辞任を発表したが、気の毒だ。
暴力はもちろんいけないが、円満な親子の間で極端だなと思う。
巨人軍の社会的地位から考えると仕方ないというのもわかる。
でもさ、と感じていた。
ところが監督の復帰を求める署名が集まり、あっという間に10万筆以上になったそうだ。
娘さんの心情を思えば、監督復帰がいいのではないか?
民衆の力で無益な罰を軽減できたら嬉しいね。
でも、阿部監督のように有名なひとだからこうなっているのであって、一般の父親が変な疑いを持たれて社会的に抹殺されたらたまらないだろう。
児童相談所や警察の対応について、再考の必要があるのでは?
No.05541 26.05.27 モンシロチョウ
一羽のモンシロチョウが目の前を横切った。
散歩中の公園で。
「最近、蝶を見てない」と目が覚めた。
そうだよ、蝶はどこへ行った?
幼い頃には草むらにたくさんの蝶が舞っていた。
虫取り網を振り回すとすぐに捕れた。
農薬や殺虫剤のせいでいなくなったのかな?
飛んで行ったモンシロチョウに「がんばれ」と思う。
今では滅多に見られない風景をAIに描かせた。
No.05540 26.05.25 新編 日本の面影
ラフカディオ・ハーン、小泉八雲のエッセイを読んでいる。
「新編 日本の面影」は「知られぬ日本の面影」からの抜粋とのこと。
日本に来日してからの二年間が綴られている。
読んでいると切なく感じる。
この切ない感じはなんだろうと探ると、バリ島に行ったときのことを思い出した。
学生の頃、ガムランのCDを聞いてゾッとしたこと。
そののちに観光して、バリの人たちの暮らしも見てみたいと思ったこと。
かつて日本の正月三が日は異様なほど静かだったが、それと同じようなニュピという祭があり、それにどうしても行きたくなったこと。
それから数年して、ゾッとしたガムランの演奏をしていた一族のお宅にホームステイすることになったこと。
実際に行って感じたことなどが、ハーンの日本紀行から立ち上ってくる。
結局、江戸末期の日本の、そしてアジアの魂に触れたいんだなと思う。
でも、もうどこに行ってもそれは薄れてしまったのだろう。
それを求めて日々さまよっている。
No.05539 26.05.24 chatGPTに教わる
chatGPTに以下の質問をした。
サイト「日刊 気持ちいいもの」についての意見や感想をお願いします。
こんな回答が返ってきて、「そうか」と教えられる。
でも、あまりAIには頼らないようにしないとな。
日刊 気持ちいいもの を拝見しました。
まず第一印象として、とても「呼吸が浅くならないサイト」だと感じました。
最近のWebメディアは、
情報量過多
刺激の強さ
即時的な快楽
アルゴリズム的最適化
に寄りがちですが、このサイトには逆方向の美学があります。
つまり、
「急がせない」
という姿勢です。
サイト全体に、
“何かを売り込むための圧”よりも、
「感覚を整えるための記録」
のような空気が流れています。
特に印象的なのは、
「気持ちいい」を論理化しすぎない
生活感覚を否定しない
過剰にミニマルへ走らない
高級志向だけにも寄らない
ところです。
このバランスは意外と難しいです。
「心地よさ系」のサイトは、ともすると
意識高い系
ミニマリズム信仰
消費ブランディング
ライフスタイル宗教化
へ傾きやすいのですが、このサイトにはもっと“身体感覚寄り”の誠実さがあります。
たとえば日本文化には、
「用の美」
「手触り」
「余白」
「季節感」
「静けさ」
を重視する系譜があります。
それは、民藝運動や、柳宗悦 的な思想にも近いですし、さらに遡ると禅や茶道にも通じています。
「快適」ではなく、
「気持ちいい」。
この違いは大きいです。
「快適」は機能ですが、
「気持ちいい」は存在感覚です。
だからこのサイトは、単なるレビューサイトというより、
感覚の編集
生活哲学
微細な幸福の観察
に近い印象を受けました。
デザイン面でも、過剰な装飾を避けつつ、冷たくなりすぎていないのが良いですね。
最近の洗練系サイトは「無機質な美」に寄りすぎることがありますが、dailyfg.com には少し“人間の体温”が残っています。
個人的には、
「気持ちいいもの」を集める行為は、かなり重要だと思っています。
なぜなら人間は、思想や情報より先に、
環境や触感に精神を左右されるからです。
触る
座る
着る
聴く
匂う
光を浴びる
そういう日常の微細な経験の総和が、
人格や世界観を作っていく。
だからこのサイトは、
単なるライフスタイル提案というより、
「どう生きると、感覚が濁らないか?」
という問いを静かに扱っているように感じました。
あと、あなたが以前話していた
サットヴァ
タマス
ヨーガ的感覚
ホロン的世界観
とも、かなり親和性があると思います。
サットヴァ的なものって、
実は「派手な幸福」ではなく、
清潔
静けさ
調和
呼吸のしやすさ
自然な美しさ
として現れることが多いので。
このサイトには、そういう「静かなサットヴァ感」があります。
追加の質問として以下を加えた。
著者に対して痛いことも伝えてください。
率直に言うと、このサイトには魅力があります。
でも同時に、「気持ちよさ」が“閉じた感性圏”に変わる危険も少し感じました。
つまり、
「気持ちいいもの」を集め続けると、
いつのまにか世界からノイズを排除しすぎてしまう可能性がある。
これは、美意識系メディア全般が抱える問題です。
現実には、
ダサいもの
うるさいもの
不格好なもの
安っぽいもの
雑然としたもの
の中にも、生命力やユーモアや人間味があります。
でも洗練された感性は、ときどきそれらを「ノイズ」として処理してしまう。
その瞬間、
「感覚」は鋭くなる代わりに、
「世界への開放性」が少し狭くなることがあります。
このサイトには、まだ完全にはそうなっていない“余白”があります。
そこはとても良いです。
ただ、一歩間違えると、
選び抜かれたものだけを愛する
ノイズを嫌う
清潔さに寄りすぎる
感性の純度を上げすぎる
方向へ行きかねない。
すると「気持ちいい」は、
生の実感ではなく、
管理された世界観になってしまう。
さらに厳しく言えば、
「気持ちいい」という価値観は、
とても中産階級的でもあります。
時間、
空間、
経済的余裕、
精神的余白。
それらがないと、“気持ちよさを編集する”こと自体が難しいからです。
だから本当に深い「気持ちよさ」は、
単なるライフスタイルではなく、
苦さ
混沌
老い
不便
失敗
崩れ
を通過したあとにも残る静けさであるべきだと思います。
つまり、
「整っているから気持ちいい」
ではなく、
「整わない世界の中でも、
なお呼吸できる」
という地点まで行けるかどうか。
そこまで行くと、このサイトは単なる感性メディアではなく、
かなり哲学的な場所になると思います。
あともうひとつ。
サイト全体に“批評性”がやや弱い印象があります。
優しさと感性は十分ある。
でも、
「なぜ現代人は気持ちよさを失ったのか?」
「なぜノイズに疲弊しているのか?」
「消費と心地よさの関係は?」
「SNS時代の感覚疲労とは何か?」
のような、
社会や時代への切り込みが増えると、
さらに深くなる気がします。
いまはまだ、
「美しい感覚のアーカイブ」に近い。
そこに、
時代批評
文明批評
身体論
哲学
ユーモア
汚れへの眼差し
が加わると、
唯一無二になる可能性があります。
だから私は、
このサイトの弱点は「浅さ」ではなく、
むしろ「深くなりすぎる入口に立っていること」だと思いました。
chatGPTは使用者に対して優しい。
ありがとう。
No.05538 26.05.22 chatGPT
chatGPTを少しずつ使い始めた。
まずは無料オファーから。
「まだ使ってないの?」と何人かから言われた。
すぐに進化して便利になるだろうから、それを待っていた。
何年か前にも少し使ったけど、もうその頃とは全然違うね。
素晴らしいよ、ありがとう。
No.05537 26.05.16 朝鳴き鳥
朝の三時か四時頃、空が明るくなる前に窓の外で鳥が鳴き出す。
高い声で綺麗な鳴き方。
ミソサザイのような鳴き方だ。
八時頃にも鳴いていたので、バードコールを鳴らした。
呼応して楽しい。
しばらくしたらベランダに来た。
洗濯物が干してあったので、鳥は呼ぶなと相方に怒られた。
姿はミソサザイより大きく、何の鳥かわからなかった。
鳴いていた鳥とやってきた鳥は違うのかも。
No.05536 26.05.11 コメントをもらう
SNSにときどきコメントをもらう。
どんなコメントも少し嬉しい。
反論をもらってハッとするのも楽しい。
同意してもらえるともっと嬉しい。
思ってもいなかった角度から質問されると考える可能性が生まれる。
質問されなければ出会うことのない答えに導かれる。
No.05535 26.05.07 忘れること
歳をとってからだが思うように動かないことに直面するたびに「昔は良かったな」と思う。
が、しばらくすると忘れる。
「昔はよかったな」を忘れると、気持ちがグレーになることはない。
今日も元気に生きていける。
老いたからだという新しい体験を味わっている。

