「言霊の幸わう国」、それが日本です。
なぜ言霊が幸わうのか?
幕末に日本に来た外国人は日本人が楽しそうにしていることに疑問を持っていたそうです。
なぜ日本人は普段の生活の苦労を見せず、みんなあんなに快活なのかと。
渡辺京二の著書『逝きし世の面影』には欧米人が書いたそのような文章の例がたくさん掲載されています。
欧米人が奇異に思うほど日本人は幸せそうだった。
なぜなら多くの日本人が「お天道さんが見ているから」と正直だったからです。
もちろん盗人や嘘つきがいなかったわけではないでしょう。
だけど、多くの人々は欧米人から見れば「馬鹿」がつくほど正直だったのです。
日本人にとっては不思議なことではないでしょうけど、欧米人にとっては信じられないことだったようです。
そんな国民性だから言霊が生まれた。
特に祝詞(のりと)や寿詞(よごと)など、当たり前に信ずるもので、「疑うか信じるか」と考えることすら不敬であったのでしょう。
それほど信じることが当たり前だったから言霊が生まれた。
現代は嘘が蔓延しています。
政治家が嘘を吐いたとかなんとかいう前に「自分の言葉を見つめるべき」だと気づきました。
多くの人がそうすることで次第に言霊が復権するように思います。
No.05391 25.06.08 菊理媛神(くくりひめのかみ)
2002年に出版した「あなた自身のストーリーを書く」に菊理媛神の話を書いた。
菊理媛神は白山神社や白山比咩神社の御祭神で、日本書紀に一度だけ登場する神様。
イザナギのみことがよもつ平坂でイザナミのみことと別れるとき、菊理媛神が何かを言うと、イザナギのみことが誉めるのですが、菊理媛神が何を言ったのかはわかりませんでした。
ところが、あの本を書いて23年も経ってから、「なるほど」という気づきがありました。
素晴らしい秘密でした。
今年、政治界隈で不思議なことが連発しています。
日本も変ですが、世界中変です。
菊理媛神の隠された言葉が実現するんだなと思った。
No.05385 25.05.23 多響的統一
垣内松三の著作に多響的統一という言葉が登場する。
もとはローマン・インガルデンというポーランドの哲学者が生み出した概念だそうだ。
それを垣内は言葉の説明に使っていた。
しかし、この多響的統一という言葉は、あらゆる物質、生命、宇宙にも当てはまる言葉だと思う。
No.05372 25.03.18 祈る
むかし幼い頃、神社でお参りするのに「何かを願いなさい」と教わった。
きっとそれが人生はじめての祈りだったと思う。
歳をとるにつれて祈りの意味は変化していく。
大人になった頃、祈りは感謝になっていた。
三十を過ぎてバリ島のニュピに通うことで、祈りは多次元的なものになった。
空海の著作や仏典の現代語訳を読んでさらに明確になった。
「いまここ」にすべてがある。
No.05364 25.02.25 自由に見る
世の中を自由に見ることができると可能になることが増える。
「頑固じじい」が「規律に厳しい人」と思えたり、「万人に平等に接する人」に思えたりする。
「話すことが支離滅裂な人」を「自由に話を飛躍させる人」に思えたり「固定観念に縛られない人」と思ったりする。
「敵対者」を「親しいひとにだけ優しい人」と見たり「助けたい人だけを助ける人」と見たりする。
そうやって目の前の人と接することによって頼みごとをスムーズにするのが「観自在菩薩」ともいわれる観音様なのかなと思う。
No.05360 25.02.15 仏典がここにあること
いろんな仏典を読んできた。
二千年以上昔に書かれた書物を今読む。
それだけでも奇跡的だが、その内容もすごいとしか言いようがない。
ありがたいことだ。
No.05357 25.02.07 眠りながら考える
悩んで、どうしても答えが出ないとき、眠って考える。
瞑想して考えるのもいいが、本当に眠る。
眠る前に「この考えの答えが欲しい」と思って眠る。
必ずというわけではないが、何度もそれで思ってみなかった答えが出てきた。
No.05351 25.01.25 良い教師とは
子供時代を忘れていない教師は、それだけでいい教師であるという。
この文章を読んで、子供の頃の疑問を思い出した。
小学一年か二年のときにシャクトリムシを見た。
伸びたり縮んだりして歩いていた。
それを授業で詩に書いた。
練馬区の文集「練馬の子ら」の扉ページに掲載された。
「なんであんな詩が区の文集トップに採用されたのか?」と幼いながらに思った。
どんな詩だったのか、細かいところは覚えてない。
不思議に思っていたことを思い出してから、シャクトリムシを見たときのことを思い出す。
あんなふうに歩く虫をはじめて見たので興奮していた。
それをただ書いただけ。
幼い僕は詩とはどんなものか、理解していなかった。
「タカシくんがまんまるな目をしてシャクトリムシを見た」
そこだけを覚えている。
きっと審査をしてくださった先生が子どもらしい心を読み取ってくれたのだろうと、やっと思うことができた。
良い教師とは、半世紀以上経ってからでも教えてくれる。
No.05350 25.01.24 いろんな側面
社会の闇に光が当たるようになってきた。
闇にはいろんな側面がある。
いいことをしようとしても立場が違うと悪いことに思えたり、
ある人たちのことを思ってしたことが、社会全体では悪いことであったり、
ある個人を生かすために、別の集まりを犠牲にしたり、
いろんな想定外が生まれる。
ネットワークで繋がっているからある程度は仕方ないこと。
完全にそれらをなくすことはとても難しいだろう。
せめて問題が起きたとき、話し合う場が必要だ。
互いに相手の話を聞けるような余裕が必要だ。
でないと戦いばかりの世の中になる。
No.05340 25.01.06 2025年
20世紀からほぼ四半世紀が過ぎ、21世紀独特の価値観が胎動し始める。
一極集中やピラミッド型社会を脱し、多次元球体型社会を目指してモゾモゾしている。
そんなビジョンを感じています。
多くの人が多様な幸せを味わえるように。
さまざまな生命が発展するように。

