No.05152 24.02.19 Welcome to complex system

いろんなところで「自分に正直に」と言われるようになってきたけど、「自分に正直であることが難しい」ことに気づかなければならない。
内省してみると自分にはたくさんの立場があることに気づく。
そして、それらの立場たちは、常に同じ意見を持てるようなものではないことが多い。
つまり立場によって自分の意見が分裂させられる。
もしそのことに気付かないと、自分の心の「ある部分」を無視することになる。
例えば、かつてのtwitter、現在のXで、本名がわからないようにペンネームを使っている人は、公では言えない意見を持っていることに気づいている。
だからXではペンネームを使い、自分が誰かを知られないようにしている。
そういう人は、自分の意見が「実際に言いたいこと」と「立場上言わなければならないこと」が分裂していることに気付いている。
心配なのは、そういう分裂を許容できず、何かの立場から言わなければならないことだけが自分の意見だと思い込んでいる人だ。
そういう人が心のバランスを崩すようだ。
自分の内側でいろんな立場からの意見を吟味して、立場ごとに異なることを意識して、できればそれらを言語化するといい。
今はいくつもある立場のどれからも認められる答えは出せないかもしれない。
であれば、立場ごとに違う答えがあることを認めて、それを表現したらいい。
それを繰り返すことで、どの立場からも認められる答えが、いつかは出せるようになるかもしれない。
なぜそのようなことが言えるのか?
多くの人がたくさんの立場を抱えていて、立場ごとに違う答えを持っていることに気づき、そのことが常識のようになれば、立場ごとに違う答えを持っていることはきっと、賞賛されることになるから。
そうなってはじめて許容される答えが生まれるはず。

No.05151 24.02.15 人類が直面しているもの

人間はなぜ言葉を獲得したのか、誰も説明できない。
言葉を獲得する以前の類人猿はなおさら、言葉がどのようなものか理解できない。
人類は言葉を獲得したが、それはなぜだかを説明できていない。
言葉を獲得したことによって、かつてできなかったことができるようになった。
どんなことができるようになったのかは説明できる。
それは、概念を操作できるようになったことだ。
言葉がないと概念は持ちようがない。
「科学」や「愛」、「社会」や「美術」などは言葉がないと概念化できなくなる。
人類がはじめて持った言葉はおそらく自然物を表現したものだったはずだ。
「草」とか「狼」、「空」とか「月」など。
それがいつしか動詞と組み合わされる。
「走る」「作る」「壊す」「叩く」など。
それらの組み合わせが豊富になって文法が形作られるようになったはず。
そうすると原始的な言葉が存在することで、次第に繊細な区別が生まれるようになったはず。
繊細な区別が生まれれば生まれるほど、さらにことばは繊細になることができるようになる。
それと共進化したのが言語を操る脳や、発声のための口の周りの筋肉や、音の調節をする声帯など。
言葉を得るためにはいろんな機能が共進化していったはず。
その結果、概念を持つことがきるようになった。
この共進化は概念が持てるだけでは終わらない。
言葉は声だけにとどまらなくなった。
文字になり、本になり、さまざまな学問が共進化に含まれるようになり、新聞になり、雑誌になり、マスメディアになり、電話になり、スマホになり、共進化の範囲も分野も大きく膨れ上がり、誰も統一的には説明しきれなくなってきた。
いったい僕たち人類は何をしているのか?
類人猿が言葉を使い始めた頃、それが何を意味するのか、誰も理解できなかった。
それと同じに、言葉が拡張した先に何が生まれるのか、今の僕たちが理解できるのは、きっとその序の口にあるものだけだろう。

No.05148 24.02.12 「情報自由法」で社会を変える!

2019年8月23日号の週刊金曜日に「米軍基地公害の秘密を暴くジョン・ミッチェル・コレクション」という記事を書いた。
当時、沖縄タイムスの特約通信員として活躍していたジョン・ミッチェル氏にインタビューした成果だ。
当時まだPFOSやPFOAなどの土壌汚染について、本州のマスメディアではほとんど取り上げられていなかったが、沖縄ではよく話題になっていた。
なぜ沖縄でそれが問題になっていたのかというと、米軍基地の周辺の土壌からPFOSやPFOAが検出され、さらに米国の情報自由法を利用して、米軍の過去の記録を取り寄せることができたからだ。
その詳細についてお話を伺った。
2020年4月10日号では、ミッチェル氏が引き出し、沖縄国際大学に預けた5,500ページにもわたる文書の一部を翻訳し、「CIAは沖縄をどうみているのか」という記事を書いた。
だから、ミッチェル氏が岩波ブックレットから『「情報自由法」で社会を変える!』を出版していたことを知って、すぐに買ったし、とても嬉しかった。
アメリカと日本の関係は、一般の人にはなかなか理解しにくい。
だけど「情報自由法」を利用すると、だれでも米国の公文書を閲覧できる。
米国人だけではなく、日本人でも。
そもそもミッチェル氏はイギリス人だ。
一般に流布している情報が陰謀論かどうか、この本を参考に確かめてみてはどうだろうか?

No.05126 24.01.07 世の中の乱れ

世の中が乱れていると思う。
多くの人がそう感じているのではないか?
きっと世の中が統制されていたら、真っ直ぐ戦争に突き進んだのではないか?
いろんなところでいろんな人が、平和のために獅子奮迅状態なのではないか?
そのために表面上は乱れているように見える。
落ち着いて、平和のために目を見開きましょう。
真実を語り合いましょう。

No.05094 23.11.20 動画配信サービス

いろんな動画配信サービスがあるけど、便利になったもんですね。
昔は一本ずつ貸ビデオ屋さんに借りに行ってましたからね。
連続物なんか見るのは大変な努力でしたよ。
今は月でいくらか払えばほぼ見放題ですからね。
便利になりすぎて作品ごとの価値が下がるんじゃないかと余計な心配をしてしまいます。
でも、ありがたいことです。

No.05086 23.11.07 やってみないとわからないでしょ

SHOGENさんのことをアムリッタ朝子さんが知ったきっかけを教えてもらった。
へぇーと驚く。
「今日、誰のために生きる?」だけではなく、かつて自費出版された絵本「やってみないとわからないでしょ」も買った。
「今日、誰のために生きる?」にも登場するザイちゃんが主人公だ。
ザイちゃんが可愛くてキュンキュンする。
いい歳のおじさんをキュンキュンさせるワールドワイドなザイちゃん。

No.05075 23.10.24 今日、誰のために生きる?

「新しいわたし」の著者 二戸依里さんと、ネイティブジャパニーズダンサーのアムリッタ朝子さんが、ある日、烏帽子岩の見えるカフェでペンキ画家のショーゲンさんとお話したそうです。
僕が別ペンネームで書いた小説の舞台がそのあたりだったのでそのときのことを教えてもらったのですが、一緒にショーゲンさんのYouTubeのURLも教わりました。
そこでショーゲンさんが話している内容にびっくりしてしまいました。
それ以来、ショーゲンさんのYouTubeを楽しみにしていたのですが、次に二戸さんからきた連絡は「ショーゲンさんが本を出し、その記念講演がある」。
早速申し込んで聞いてきました。
出版された本のタイトルは「今日、誰のために生きる?」。
ショーゲンさんはサラリーマンでしたが、ある日ティンガティンガというアフリカ・タンザニアの絵を見ます。
それにビビッと来て、その絵を教わろうと二、三週間後に出発するタンザニア行きのチケットを買い、それから会社に退職届を出したそうです。w
ティンガティンガ村で絵を教わっていると、ある画家に声をかけられます。
「ここは観光地でレッスン料も高いので、うちの村に来ない?」
そこでその画家、カンビリさんが住むブンジュ村という村に行き、カンビリさんの家にホームステイさせてもらっていろんなことを学ぶことになるのですが、その話に僕は何度も心が震えました。
その村では、昔の日本の文化が残されていたというのです。
その村の村長さんのお爺様が、今はもう亡くなっているのですが、シャーマンで、日本人とサイキックに交信し、幸せに暮らす方法を教わったというのです。
「どんな日本人とつながったの?」と聞くと、「竪穴住居に住み、一万年から一万五千年もの間幸せに暮らしていた人たちで、女性をモチーフにして土器を作った」と言われたので、「きっと縄文の人たちにつながったんだな」と思ったそうです。
ブンジュ村には外国人が入ってきたことがなかったそうで、もちろん日本人が来たのははじめてです。
画家のカンビリさんはその村で過ごしてきたので、「その村に伝わる日本の文化を体現しているはずの実際の日本人はどんな感じなのか」を知りたくて、連れてきたそうです。
ところが、ショーゲンさんは現代の日本人。
縄文の頃の日本人とはだいぶ違いました。
そこで、かつての縄文人がどのように生きていたのかを、ブンジュ村の人たちから色々と教わっていくことになります。
ここから先は、YouTubeを見るか、「今日、誰のために生きる?」を読んでください。幸せに生きることに興味のある方なら、きっと響きます。

No.05071 23.10.18 イスラエルとパレスチナ

イスラエルとパレスチナの現状を知ると、ちっとも気持ち良くない。
怒りと悲しみと祈りが現れてくる。
ガザの病院への爆撃はイスラエルでもハマスでもないという。
混乱を拡大するためにどこかがやった。
怒りから短絡的な行動をするのではなく、多くの人々が無事でいられますように。