No.05298 24.10.17 ツバメノート

万年筆を使っていると紙の裏側にインクが滲み出て読みにくくなることがある。
ツバメノートの紙は裏写りしないと聞いて久しぶりにその大学ノートを使ってみた。
書きやすくて読みやすくて楽しい。

No.05297 24.10.16 金木犀の香り

外に出ると金木犀の香りがした。
そういう季節になった。
ほぼ毎年のように金木犀の香りについて書いている。
毎年のように「切ないな」と感じたが、今年の僕は「切なく感じたな」とちょっと「切ない」から距離を置いていた。
知り合いも世話になった人もポツリポツリと亡くなっていく。
匂い如きで切なくはない。

No.05296 24.10.13 見知らぬおじさん

自転車で走ろうとしたら、鍵が壊れてて開かない。
いくらやっても開かないので、自転車屋さんで直してもらおうと、後輪を持ち上げてせっせと歩いていった。
自転車屋さんまで二キロ弱。
しかし、五百メートルほど行ったところで、還暦を過ぎた僕は疲れてしまう。
それでもヒーヒー言いながら後輪を持ち上げてハンドルをヨレヨレと支えながら歩いていると、見知らぬおじさんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「鍵が壊れて自転車屋さんまで持って行こうとしています」
「鍵は持っているの?」
「はいここに」とポケットから出すと、パッとそれを取って後輪の鍵穴に刺す。
「何度もやったよ」と思ったが、おじさんはガチャガチャと鍵を回したりいろんなところを滅多やたらに動かしてみる。
パチン
なぜか鍵が開いた。
「アー、ハッハ」とおじさんは歩いていった。
あのおじさん、天使だなと思った。

No.05292 24.10.06 無人販売店

テレビで野菜の無人販売店を見た。
野菜が並んでいて、価格が書かれていて、買いに来た人はその金額をどこかに置いていく。
それで思い出した、ハワイ島でのこと。
車で走っていたらレイがたくさんかけてあったので、なんだろうと思って止めた。
歩み寄ると「レイひとついくら」と書かれていて、そばにはポストのような箱が置かれていた。
いくらだったが忘れたが、その金額をポストにいれ、レイを車で待っていた相方にあげたら、喜んでくれた。
ケアラケクア湾、キャプテンクックの碑が見えるところの近くだった。

No.05291 24.10.04 ギンナンの香り

近所の公園のイチョウの木がギンナンを落としはじめた。
舗道でたくさん潰れていた。
そこを歩きながら香りを嗅いで「おや?」と思った。
「懐かしい香りだ」と思ったが、そのことに違和感を覚えた。
以前だったら「臭い」と思っていたはずだ。
匂いに鈍感になったのか?

No.05283 24.09.16 松月堂の栗きんとん

相方がいただいてきたお菓子を少し分けてもらった。
すごいお菓子であると感じた。
原料は栗と砂糖だけ。
蒸した後に丁寧に練ったことが感じられる。
機械で作ったのか、手作りなのかは分からないが、丁寧に練らないとこうはならない。
昔、江戸時代の本当に高級な栗きんとんは三日三晩練り続けたそうだ。
このお菓子がそうかどうかは分からないが、近いものを感じた。
美味しいものをいただきました。

No.05282 24.09.13 当たり前であること

日本にはたくさんの当たり前があってありがたい。
世界には日本の当たり前が通用しないことがある。
水道が飲める。
郵便がきちんと届く。
生卵が食べられる。
刺身が食べられる。
夜道を歩ける。
外でお酒が飲める。
など。
みなさん、ありがとうございます。

No.05281 24.09.12 幸せであること

幼い頃、ジュースが飲みたいと駄々をこねました。
僕が幼かった頃は近所にコンビニなんてありません。
そこで母はどうしたか。
コップ一杯の水を僕に持たせて「美味しい、美味しい」と言いながら飲ませたのです。
僕は最初不満でした。
でも、飲んでいるうちに水が美味しく感じられたし、飲み終わると喉の渇きも取れてました。
そこで母に「美味しかったねぇ」と言われると、それで満足してしまいました。
子供だったからそれで済まされたという見方もできますが、ときどき大人になってからもそのことを思い出すことがあるのです。
今の状況に満足できること。
これってとても大切なことがあるのです。
人間はすべての欲を満たすことはできません。
それに執着をしだすと大変なことになります。
現状で満足する。
そして幸せを噛みしめる。
欲に振り回されるのではなく従える。
幸せであることは、いつでも生み出すことができるのです。

No.05279 24.09.07 男爵

高校一年のとき、吹奏楽部の先輩の髪型が良くて、「どこで髪を切っているのですか?」と聞いた。
「男爵だよ」
先輩とは中学も一緒だったので、男爵という理髪店はうちのそばにあった。
その理髪店の何がいいのか言語化するのは僕には難しい。
でも、なんとなく綺麗にまとまるのだ。
「他の理髪店と切り方が違うんですか?」と男爵で聞いたことがある。
「なんとかカットしているからね」
「なんとか」は忘れてしまった。
「それはどういうカットなのですか?」
聞くと、普通の切り方はこう、なんとかカットはこうと違いを見せてくれた。
でも、僕にはその違いをすぐには把握できなかった。
「そのカットはどこかで習ったのですか?」
「イギリスのヴィダル・サスーンで習った」
当時、ヴィダル・サスーンのシャンプーなどのCMが流れていた。
なんかすごいところで習ったんだなと認識した。
はじめて行ったとき以来、二ヶ月に一度程度、40年以上男爵に通った。
気さくな夫婦がやっていた。
のちのち知るが、ご主人は三代目で、創業120年近くの老舗だった。
先日行くと、「今月末で辞めるんだ」という。
「もったいない」とは思ったが、事情を何も知らない者がなんだかんだ聞くのは鬱陶しいだろうと思ってやめた。
お店がなくなると思うと、さて次回からどこで髪を切ったらいいのか困る。
髪を切ってもらうたびに心地良かったことを思い出し、「40年間ありがとうございました」と店をあとにした。