No.05292 24.10.06 無人販売店

テレビで野菜の無人販売店を見た。
野菜が並んでいて、価格が書かれていて、買いに来た人はその金額をどこかに置いていく。
それで思い出した、ハワイ島でのこと。
車で走っていたらレイがたくさんかけてあったので、なんだろうと思って止めた。
歩み寄ると「レイひとついくら」と書かれていて、そばにはポストのような箱が置かれていた。
いくらだったが忘れたが、その金額をポストにいれ、レイを車で待っていた相方にあげたら、喜んでくれた。
ケアラケクア湾、キャプテンクックの碑が見えるところの近くだった。

No.05291 24.10.04 ギンナンの香り

近所の公園のイチョウの木がギンナンを落としはじめた。
舗道でたくさん潰れていた。
そこを歩きながら香りを嗅いで「おや?」と思った。
「懐かしい香りだ」と思ったが、そのことに違和感を覚えた。
以前だったら「臭い」と思っていたはずだ。
匂いに鈍感になったのか?

No.05283 24.09.16 松月堂の栗きんとん

相方がいただいてきたお菓子を少し分けてもらった。
すごいお菓子であると感じた。
原料は栗と砂糖だけ。
蒸した後に丁寧に練ったことが感じられる。
機械で作ったのか、手作りなのかは分からないが、丁寧に練らないとこうはならない。
昔、江戸時代の本当に高級な栗きんとんは三日三晩練り続けたそうだ。
このお菓子がそうかどうかは分からないが、近いものを感じた。
美味しいものをいただきました。

No.05282 24.09.13 当たり前であること

日本にはたくさんの当たり前があってありがたい。
世界には日本の当たり前が通用しないことがある。
水道が飲める。
郵便がきちんと届く。
生卵が食べられる。
刺身が食べられる。
夜道を歩ける。
外でお酒が飲める。
など。
みなさん、ありがとうございます。

No.05281 24.09.12 幸せであること

幼い頃、ジュースが飲みたいと駄々をこねました。
僕が幼かった頃は近所にコンビニなんてありません。
そこで母はどうしたか。
コップ一杯の水を僕に持たせて「美味しい、美味しい」と言いながら飲ませたのです。
僕は最初不満でした。
でも、飲んでいるうちに水が美味しく感じられたし、飲み終わると喉の渇きも取れてました。
そこで母に「美味しかったねぇ」と言われると、それで満足してしまいました。
子供だったからそれで済まされたという見方もできますが、ときどき大人になってからもそのことを思い出すことがあるのです。
今の状況に満足できること。
これってとても大切なことがあるのです。
人間はすべての欲を満たすことはできません。
それに執着をしだすと大変なことになります。
現状で満足する。
そして幸せを噛みしめる。
欲に振り回されるのではなく従える。
幸せであることは、いつでも生み出すことができるのです。

No.05279 24.09.07 男爵

高校一年のとき、吹奏楽部の先輩の髪型が良くて、「どこで髪を切っているのですか?」と聞いた。
「男爵だよ」
先輩とは中学も一緒だったので、男爵という理髪店はうちのそばにあった。
その理髪店の何がいいのか言語化するのは僕には難しい。
でも、なんとなく綺麗にまとまるのだ。
「他の理髪店と切り方が違うんですか?」と男爵で聞いたことがある。
「なんとかカットしているからね」
「なんとか」は忘れてしまった。
「それはどういうカットなのですか?」
聞くと、普通の切り方はこう、なんとかカットはこうと違いを見せてくれた。
でも、僕にはその違いをすぐには把握できなかった。
「そのカットはどこかで習ったのですか?」
「イギリスのヴィダル・サスーンで習った」
当時、ヴィダル・サスーンのシャンプーなどのCMが流れていた。
なんかすごいところで習ったんだなと認識した。
はじめて行ったとき以来、二ヶ月に一度程度、40年以上男爵に通った。
気さくな夫婦がやっていた。
のちのち知るが、ご主人は三代目で、創業120年近くの老舗だった。
先日行くと、「今月末で辞めるんだ」という。
「もったいない」とは思ったが、事情を何も知らない者がなんだかんだ聞くのは鬱陶しいだろうと思ってやめた。
お店がなくなると思うと、さて次回からどこで髪を切ったらいいのか困る。
髪を切ってもらうたびに心地良かったことを思い出し、「40年間ありがとうございました」と店をあとにした。

No.05278 24.09.05 セミががんばれってないてるよ

朝の散歩。
今日は気候がとてもいい。
風が少し涼しい。
日差しが柔らか。
その中をテクテク歩く。
近所の高校に通うカップルがすれ違う瞬間、女の子が言った。
「あーだけで会話しないでよ」
男の子は「あー」。
相方の声が頭に響く。
「うちと一緒ね」
あー。
さらにテクテク。
テクテク歩けるようになったが、まだかつてのスピードはない。
いろんな人が僕を追い抜いていく。
若い人が追い抜くのは当然だ。
だけど、おじさんやおばさんにも抜かれる。
年輩のおじいさんやおばあさんにも抜かれるときがある。
そういうとき、かつてのようにせっせか歩きたくなる。
頭の中の声。
「急ぐことないよ。自分は自分」
「あーゆうふうにもう歩けないのかな」
「リハビリ中に頑張らなくてもよろしい」
「そう僕は木漏れ日を味わっている」
「早く歩いても味わえるよ」
「何でもかんでも急ぎたい病が発症したな」
「まあいいけど」
「あーでもないこーでもないと頭の中でぐるぐる考えているな」
「そうだ瞑想状態になろう、考えなくて済む」
「でも、歩いているときは活発にあーでもないこーでもないってやったほうが楽しい」
「どっちでもいいよ」
「あー」
そのとき、向かい側から歩いてきた三歳くらいの男の子が、母親の手を離して僕の目の前に立った。
陸上グランドのほうを指差して「セミががんばれってないてるよ」。
もちろん、母親に向けての言葉だろうが、正面の僕と目があった。
ありがとう。その言葉、いただきました。

No.05277 24.09.04 旅行の相談

相方と旅行の相談。
一日目はどこに行くとか、そこよりあっちがいいとか、そこには前に行ったときこんなことがあったからもういいとか。
ああとか、こうとか。
終わりのない思い出話と、あてのないこれからのこと。
それで結局、目鼻はつけるがたいていは当日決定。

No.05276 24.09.03 生ラーメン

ラーメンが食べたくなった。
スーパーでインスタントラーメンを買おうかと思ったが、もっと美味しいラーメンが食べたいなと思い、はじめて生ラーメンを買ってみた。
麺は大きな鍋で茹でる。
別にスープを作る。
具と兼用のもやし、キャベツ、豚肉を煮る。
ラーメン用の器に醤油と少しの麺つゆ、そしてごま油をちょっと入れ、スープで割る。
そこに茹った麺を湯切りして入れる。
茹でたもやし、キャベツ、豚肉を載せて、残りのスープをかける。
出来上がり。
麺がやっぱりツルツルモチッとしてインスタントよりずっとうまい。
スープも自分好みで嬉しい。