No.05094 23.11.20 動画配信サービス

いろんな動画配信サービスがあるけど、便利になったもんですね。
昔は一本ずつ貸ビデオ屋さんに借りに行ってましたからね。
連続物なんか見るのは大変な努力でしたよ。
今は月でいくらか払えばほぼ見放題ですからね。
便利になりすぎて作品ごとの価値が下がるんじゃないかと余計な心配をしてしまいます。
でも、ありがたいことです。

No.05093 23.11.17 歩く

以前のようにスタスタ歩いた。
入院以来、歩くのが少し難しかった。
退院した時は駅まで歩けなかったが、やっと今日、2キロくらいをある程度の速度で歩けた。
「歩こう、歩こう、私は元気」

No.05092 23.11.16 土は生きている

土には命なんかないと思われがちだが、一般的な考えの命はないにしても、そこではたくさんの微生物や虫や動物が生きている。
それらが土に影響し、影響されていることは確かなこと。
僕たちの腸にはたくさんの微生物が住んでいる。
そのおかげで腸は正常に働くことができる。
土も似ていると思わないか?
土は地球の皮膚で、そこに住み着いている生命たちに支えられている。
一時的に作物の収量が増えるからといって、その生命を殺したらどうなるのだろう?
健康な土(皮膚)のままにした方が良くないか?
収量を無理やり増やさなくてもいいのではないか?
自然な土の上に裸足で立つ。

No.05091 23.11.15 水と二酸化炭素から軽油を作る

京都大学名誉教授の今中忠行氏が水と空気中の二酸化炭素から軽油を作る技術を確立したという。
水に紫外線を当て、そこにマイクロバブルにした酸素と二酸化炭素を通すと軽油ができてくるそうだ。
技術の細かいことは論文になっていて、各国の特許も取っているとのこと。
生成機器に使う全電力より生まれる軽油によるエネルギーの方が多くなるという。
信じられない技術を生み出した。
これが本当なら世界の在り方が変わってしまうかも。

No.05090 23.11.14 この世界にはたくさんの解釈がある

チチェン・イッツァに行った日、「この世界にはたくさんの解釈がある」とか「この世界は多次元だ」とか、言われた気がした。
まったく不思議な体験。
それまでにそんなことは一度もなかった。
そして、「それを深く探究しろ」とも。
当時の僕には「何だそれ?」としか思えなかった。
でも、今となっては宝物の体験だった。
ありがとう。

No.05089 23.11.13 ドーナツの穴

あなたは目の前にドーナツの穴を見ることができるだろうか?
ここにもそこにもあそこにもある。
ドーナツがあればドーナツの穴を見ることができるが、ドーナツがないとその穴だけは見えないと思い込んではいないか。
ドーナツの穴は単なる空間だ。
どこにでもある空間。
あなたはドーナツの穴がどこにでもあると思えるだろうか?

No.05088 23.11.12 信じて味わう

見たことのない絵を見たり、聞いたことのない音楽を聴いたり、まだ読んだことのない小説を読んだりするのは、その作者や表現者のことを信じているから。
信じることができないと味わうことができない。
表面を撫でてすぐに腑に落ちる作品はそれでいい。
味わわないと感じることのできない何かがある作品とは、しばらくじっくり一緒にいたい。
奥に入ってはじめて体験できる何かが現れてくる。

No.05087 23.11.08 言葉は事端

本を読んでいて、「事端」という言葉を見つけた。
「事端」と書いて「じたん」と読ませる場合、意味は出来事のきっかけのことをいう。
一方で「事端」と書いて「ことば」と読むことがある。
それは古い「ことば」に漢字をあてる際に「事端」と書いたそうだ。
その意味は、もちろん「ことば」。
そしてそのニュアンスが面白い。
ある出来事を表現する時、文章では「事の端」程度のことしか伝えられないから「事端」なのだそうだ。

No.05086 23.11.07 やってみないとわからないでしょ

SHOGENさんのことをアムリッタ朝子さんが知ったきっかけを教えてもらった。
へぇーと驚く。
「今日、誰のために生きる?」だけではなく、かつて自費出版された絵本「やってみないとわからないでしょ」も買った。
「今日、誰のために生きる?」にも登場するザイちゃんが主人公だ。
ザイちゃんが可愛くてキュンキュンする。
いい歳のおじさんをキュンキュンさせるワールドワイドなザイちゃん。

No.05085 23.11.05 小鳥たちとの会話

うちの前にある桜の木にシジュウカラやメジロが高い声でさえずっていた。
そこでバードコールを出して鳴らしてみた。
すると、はじめのうちは鳴き声のやり取りができたのだが、しばらくしたら少し違う声が混ざっていると気がついたのか警戒音のような鳴き声になって、一斉にいなくなってしまった。
しばらく待っていると帰ってたきた。
小鳥たちは用心深い。
鳴き始める。
再びバードコールを鳴らすと、今度はそのやりとりに興奮していたようだ。
小鳥たちと意思疎通ができたようで楽しかった。