No.05203 24.05.04 アイデアのつくり方とあるがまま

昔、何十年も前、『アイデアのつくり方』という本を読んだ。
とても薄い本で、あっという間に読めたことを覚えている。
だけど書かれていたことはとても貴重で、その通りにやると確かにアイデアが生まれてきた。
ざっくりと書くとこんな話だ。
まず、アイデアを作りたい分野の情報を集める。
その情報を徹底的に知悉する。
アイデアを作るためにあれこれ悩む。
そして数日、アイデアについて考えるのをやめる。
すると、ぽっかりとアイデアが浮かぶという。
僕はこれを何回か体験している。
この「アイデアについて考えるのをやめる」とき、静寂が訪れる。
昨日書いた「あるがままのものをあるがままに見るとき、現れてくる静寂」と似ている。

No.05202 24.05.03 あるがまま

「あるがままのものをあるがままに見よ」
よく言われる。
でも、僕にはできない。
どんなものも過去からの色眼鏡で見てしまう。
そうしないと何も言えない。
言葉は過去の解釈から生まれる。
あるがままのものをあるがままに見るとき、現れてくるのは静寂ばかり。

No.05201 24.05.02 力を抜く

亀の子束子で鍋を磨くとき、力を抜く。
歯ブラシで歯を磨くとき、力を抜く。
うまい文章が書けないと思ったとき、力を抜く。
恋人との関係がうまくいかないと思ったとき、力を抜く。
仕事がうまくいかないと思ったとき、力を抜く。
「できない」と思うのは、すでにできることを知っているから。
「できない」と思うことで余計なところに力を入れてしまう。
できているんだから、力を抜こう。
手を抜くことなく。

No.05200 24.04.25 うまい文章

「この文章、うまいと思う?」
そう聞かれるとたいてい答えに困る。
文章の巧拙にはいろんな尺度がある。
すべての尺度をクリアする文章はないと言っていいだろう。
例えば、物理学者が書いた文章があったとしよう。
内容は専門性の高いもの。
近い分野の科学者ならスラスラと読めるかもしれない。
でも、専門知識が欠けている人にとってはとても読みにくい文章になるだろう。
つまり、読者が変われば、その文章の巧拙の基準も変わる。
そこで言われるのが「一般的読者にとって」という言葉。
これもまた難しい。
一般的読者ってどんな読者だろう?
雑誌の場合は「その雑誌を買うような興味・関心を持っている人」と、ぼんやりとではあるが読者を想定できる。
例えば車をテーマにした雑誌なら、「馬力」「トルク」「ホイールベース」なんて言葉は何の説明もせずに使うことができる。
でも女性誌にこれらの言葉を使うときには多少の説明が必要だろう。
だから、「僕にとってのうまい文章」は、スラスラと読める文章であるが、それが果たして他人にとっても読みやすい文章かどうかは、その人による。
そこで一般読者向けの文章は「中学生でもわかる文章」を書きなさいと言われることがあるけど、それだと説明がくどくなって読みにくくなることがある。
本当にうまいと感じる文章は、僕個人に当てられた手紙やメールで、何の澱みもなく読める文章が届いたときには「うまいな」と思う。
それはつまり書いた人が、僕の興味や理解していることをある程度把握していて、僕のために書いてくれた文章だから。

No.05199 24.04.24 音楽のはたらき

僕はデヴィット・バーンやトーキング・ヘッズの曲をほとんど聞かなかった。
興味がなかった。
ところが、「アメリカン・ユートピア」を見てショックを受けた。
あんな演奏の方法があるのかと。
過去の映像を見ると、デヴィット・バーンはトーキング・ヘッズの頃から似たことをしていた。
それが技術の進化と、表現の深化で、まったく別物のように見えてきた。
彼が何を考えて音楽を作っているのか、知りたくなった。
でも、そのインスピレーションに導かれるようなアクションを、僕は何も起こさなかった。
「アメリカン・ユートピア」をみて一年以上がたち、忘れかけた頃にアマゾンで「おすすめの本」にデヴィット・バーンが書いた『音楽のはたらき』という明るいオレンジ色の本が表示された。
カスタマーレビューに何も書かれてないので、ちょっと不安だったが衝動的に買った。
届いた本を見て「なんでこの本を買ったのだろう?」と思ったが、読み始めると止まらなくなった。
最初の章は「逆からの創造」と題されて、演奏される場が音楽を作ることについて書かれていた。
その中に、チチェン・イッツァーのピラミッドの前で手を叩く話が出てきた。
10年ほど前にそこで僕は手を叩いた。
鳥の鳴き声のような音が反射してきた。
そのことについて「神聖な鳥ケツァールの鳴き声だ」と書かれていた。
それを知れただけでも僕にとっては天啓だ。
まだ読み終わってないこの本。
不思議な牽引力をずっと堪能したい。

No.05198 24.04.23 書いてはいけない

森永卓郎氏の『ザイム真理教』『書いてはいけない』を読んだ。
末期の癌だと言われて、死ぬ前に書くべきことを書こうと決死の覚悟で書いたという二冊の本。
日本人はみんな読むべきだと思う。
そして何を思うのか。
この二書をネタにして「昼間でも聴ける深夜放送コンブラジオ」でお話ししました。
素人のYouTubeですが、この番組はもうすぐ再生回数1000回になります。
普段の数倍のアクセス数になりました。
もしよかったら、あなたの意見も聞かせてください。
https://www.youtube.com/watch?v=CruzExdS8-0

No.05197 24.04.21 老いた体

以前より体を動かすことが難しくなっている。
少し体を動かすと疲れるし、かつて可動域だったところに腕がいかなくなってきているし、ちょっと無理すると眠くてしょうがなくなる。
「若い頃と比べてこんなに動かない」と怒りたくなることがある。
一方で「かつては何の苦もなく動いてくれていたのがありがたかった」と感謝の念も湧く。
ヤジロベエの二つのオモリが怒りと感謝でゆらゆらしている僕の感情。

No.05196 24.04.18 鯨のひげをもらった

昨日、知り合いの女性が、紙袋に入れて鯨のひげを持ってきました。
僕の目の前にポンと置いて「頼んだでしょう?」と。
確かに誰かに頼んだかもしれません。
ときどき僕は不思議なものを人に頼むことがあります。
でも、誰に頼んだか覚えていません。
嬉しかったのでお礼がしたいと「くれた人の名前を教えてください」と叫びました。
彼女は「しょうがないなぁ」という顔をして、赤鉛筆で紙に名前を書こうとしました。
そこで僕は夢から目覚めました。
嬉しい感情が残っていました。

No.05195 24.04.17 Tシャツの季節

パツンパツンになってしまったズボンを履いて、昼間に自転車で走ってきました。
暑かったので上半身はTシャツで。
色の濃いシャツだったので直射日光に当たると暑かった。
四月にTシャツで自転車に乗って暑いというのは、めでたいことなのか?
今日は気持ち良かったのでよしとします。

No.05194 24.04.16 太る

昨日、暑かったので夏のズボンを出した。
なぜかはきにくい。
去年はスッとはけたのに。
ふくらはぎの部分がパンパン。
ウエストもきつい。
太ったようだ。
病気して痩せていたので、太れて良かった気がする。
でも、太り過ぎには注意しないと。