このところずっとご飯は一杯と決めている。
が、どうしてももっと食べたくなるときがある。
先日長野に行って、道の駅で「焼きネギなめ茸」なる瓶詰めを買った。
いわゆるご飯のお供。
ご飯にこれをのっけて食べるといくらでも食べられる。
が、一杯しか食べないと決めた。
うらめしや。
No.05375 25.04.01 さんぽ
ほぼ毎朝散歩しているが、なんとなく気分が落ち込むときもある。
以前のようにさっさと歩けないので、なんとなく歩速が落ちたりする。
そんなとき、聞いていた音楽がサッと変わり、「となりのトトロ」の「さんぽ」という曲がかかった。
あるこう あるこう わたしはげんき
というあの曲だ。
それを聞いた途端にせっせと歩き出した自分がおかしかった。
No.05374 25.03.23 島にがり
沖縄の海で取れたという島にがりを買った。
豆乳を買ってきてトロトロと温め、頃合いを見て島にがりを投入。
火を止めて撹拌すると、しばらくして豆腐の出来上がり。
すくって食べてニヤリ。
No.05373 25.03.22 腕まくり
体力を戻すために午前中は散歩する。
せっせと歩くが疲れるとヨボヨボ歩きに戻ってしまう。
くそうと思うが笑うしかない。
今日も歩いた。
途中で上着を脱ぎ、シャツを腕まくりして歩いた。
春はもうそこまで来ている。
No.05372 25.03.18 祈る
むかし幼い頃、神社でお参りするのに「何かを願いなさい」と教わった。
きっとそれが人生はじめての祈りだったと思う。
歳をとるにつれて祈りの意味は変化していく。
大人になった頃、祈りは感謝になっていた。
三十を過ぎてバリ島のニュピに通うことで、祈りは多次元的なものになった。
空海の著作や仏典の現代語訳を読んでさらに明確になった。
「いまここ」にすべてがある。
No.05371 25.03.17 公益資本主義
「公益資本主義」という本を読んでいる。
著者の原丈人氏によれば、現在の資本主義は株主資本主義であり、株主の利益を最大化することが善とされるが、それでは二極化が進むばかりで、中間層がどんどん減っていく。
だから、氏が唱える公益資本主義に立ち返り、中間層を増やすことで、製造業の経営を安定化することを目指すべきだという。
これは60年代、70年台に日本がやっていたことに近いもので、株主ばかりを優先するのではなく、社員、会社、関係会社、取引先なども大切にすることで、あの頃の経営状態を取り戻すことができるそうだ。
原氏はいくつも会社を経営し、それを実現させてきたので説得力がある。
No.05370 25.03.16 メモリーカプセル
ICレコーダーを買って二年が過ぎた。
三千円程度なのに小さくて、録音をPCに取り込めて便利だった。
ところがなぜかPCに取り込めなくなった。
そこが三千円の理由か。
新しいのを色々と探した。
薬のカプセルよりひと回り大きい程度の大きさで、録音した音をスマホやPCに取り込んでAIでテキストにするというレコーダーを見つけた。
技術革新はすごいな。
No.05369 25.03.13 水面
水面を見ているのが好き。
風が吹けば波立つ。
雨が降れば踊り出す。
光が反射してゆらめく。
静かになると鏡になる。
ゆっくりと揺れるなまめかしさも好き。
No.05368 25.03.12 日向ぼっこ
作務衣のような黒い服を着て朝日にあたる。
寒い日でもかなり暖かくなる。
太陽は偉大だと思う。
本を読むのもよし、瞑想するのもよし、居眠りするのもよし。
No.05367 25.03.10 深い文化
日本はずっと深い文化を保持し続けてきた。
なぜ縄文時代に争いがなかったのか。
平安時代には世界最高といわれた小説が生まれた。
鎌倉時代にも「徒然草」「方丈記」が生まれ、室町時代には茶の湯が始まる。
なぜ戦国時代から平和な江戸時代に脱皮できたのか。
江戸時代を自発的に終えて、どうして明治になれたのか。
いろんな見方があると思うが、文化の層が深かったのだと思う。
ヨーロッパでは王が変わるといろんなことを変えた。
だから文化のレイヤーが浅くなりがち。
日本では過去の文化をすべて捨て去るということはほとんどしない。
ヨーロッパ人にとってはそれが不思議であるようだ。
神道と仏教を融合させることで文化に深みが生まれた。
そこに儒教や陰陽五行も絡む。
なぜ武士が戦国時代に茶にハマったのか。
また、能はなぜあんなにゆったりとした動きで舞うのか。
江戸時代には派手さが好まれなかったのはなぜか。
どれも深い文化であることに起因しているように思う。
それを悟るには簡単な理解では足りない。
その深い理解を多くの民衆もしていた。
だから日本はいろんなことから守られていた。
江戸は世界一の都市になれた。
西欧人にとって厄介な存在だっただろう。

