No.05335 24.12.23 書いたあとでわかること

文章を書くと、普段は漫然と生きていることがわかる。
書くことで意識が何かにフォーカスされる。
するとフォーカスしたためにかつては理解できなかったことが理解できるようになる。
しかも、そのフォーカスは普段の生活にも影響するため、偶然の発見や出会いも多くなる。
この行程を何度か繰り返すと、思いもよらぬ結果に導かれることがある。
個人的には些細な工程かもしれないが、人類全体でそれをしているとなるとかなりの影響があるはず。
こうして人間の心は進化しているのではないか?

No.05334 24.12.21 文字を書く

万年筆でノートに文字を書く。
文字変換しないだけ速く書いている気になる。
キーボードを叩くよりなんだか嬉しい。
これで原稿を書くのは二度手間になるから時間がかかるんだけど、音声入力で頑張る。

No.05333 24.12.20 読んでいただく

気持ちいいものを書くのは、どこか求道のようなところがあり、他人がどのように見ていようと関係ないと思いながら、メールの読者が増えたり、Xでハートがついたりリポストされたりすると励みになります。
読んでいただき、ありがとうございます。

No.05330 24.12.13 祈り

酒を飲んでいて友人に不意に「自分にとって祈りとはどういう意味があるのか?」と問われた。
いろんな意味があるだろうけど、酒の席で答えられるような粋な答えは浮かばなかった。
二日ほどしてふと思いついたこと。
酒の席向きの答えではないが、ある答えが降りてきた。
「生きていなさい」
母の言葉だった。
なぜか母はことあるごとに「生きていなさい」とか「死んだらダメよ」とかよく言った。
僕は死ぬ気はないし、生きているのが当たり前と思っていたので、なんでそんなことを言われるのか理解できなかった。
酒席の問いで、あれは母の祈りだったんだなと理解できた。

No.05329 24.12.12 柿をひとつ食べる

四切れに分けた柿を食べた。
ひとつめ、口に含むと甘い。
思わず美味しいと思った。
二つめ、この甘い柿はどこになったのだろうと思う。
柿の木がたくさん植えてある柿の木畑のようなところがあるのだろうかと想像する。
三つめ、そういえば柿にもきっと個性があるのだろうと思う。
どこで育てられ、どんな肥料を与えられ、どんな収穫をされたのか、どんな木から採られた種でできたのかなど。
食べ物ひとつ一つの特殊性など、普段はまったく考えてないなと思った。
四つめ、特殊性はどんな食べ物にもあって、人間は、特に僕は、そんなこと何にも考えずに柿は柿、キャベツはキャベツ、豚肉は豚としか考えずに、マルッと「同じ物」という意識しかなかったなと反省をした。
今日の昼食後の柿食べながら。

No.05328 24.12.10 開高健ゆかりのバー

開高健ゆかりのバーに連れて行ってもらった。
ライターになってはじめての仕事が開高健がかつて編集長をしていた雑誌だった。
それをきっかけに何冊も著書を読んだ。
文章が洒脱で。言い回しがすごい。
1989年に亡くなったのに、いまだに親しかった人たちが命日に集まってくる。
僕がパイプを吸えるようになったのは開高健のエッセイのおかげ。

No.05327 24.12.07 銀座の歩行者天国

銀座で歩行者天国がおこなわれるようになったのは1970年というから、54年の歴史があることになるが、それ以前から小さな通りではときどき行われていたそうで、東京では明治20年(1887年)には神楽坂の縁日でおこなわれていたという。
縁日で通行止めになることも歩行者天国だと考えると、日本には昔からあったことなんだなと思える。
1970年頃、正確にはいつだったか思い出せないが、銀座のホコ天(歩行者天国)を歩いた記憶がある。
当時は車道を自由に歩けるのが新鮮に感じた。
しかし、やはり車道を歩くということで、多少の遠慮を感じたし、歩行者もさほど多くはなかった。
ところが今日行ってみると、海外から来た人を中心にたくさんの人が歩いていた。
まっすぐ歩くのが困難なほど。
そこに来たいろんな人の幸せそうな雰囲気が良かった。

No.05326 24.12.06 転換点

なんだかはっきりとはわからないけど漠然と、時代の転換点にいるなと思う。
マスメディアが流していた情報が絶対的なものだと思われていたけど、それが変化しつつある。
その変化のおかげで、隠されていたことが次々と明らかになる。
理由のわからなかったことが理解できてくる。
これがもっと促進されれば、気持ちが落ち着く人が増えるだろう。
でも、古い体制を守ろうとする人もいるから、しばらくはギクシャクするかも。
ギクシャクが過ぎて人類滅亡の淵には立ちませんように。