大学生の頃まで、僕は文章が下手でした。
どうしても最初に思っていたことと、書いている途中に生まれてきた思いとのあいだに違いが生まれるのです。
最初に「右に行く」と書きたかったはずが、色々と書いていくうちに「左にも行きたい」となり、最後には「右でも左でもいいからとにかく行けばいい」みたいな文章になって、「文章量超過、最初から書き直し」みたいなことがよく起きました。
「だから僕は文章が下手」というレッテルを自分で貼ることになりました。
ところがなぜか、就職して文章を書くようになると、きちんとした文章が書けるようになっていました。
当時の僕には理由がわかりませんでした。
でも「よかった」と思う、書けるのですから。
ライターになって文章を書き、たまたまの巡り合いでヒーリング・ライティングというのを始めました。
そこでリフレーミングを何度もするようになった。
すると、自分の内側に何かムラムラ感というか、モヤモヤ感というか、言語化できない不思議な思いを抱えるようになりました。
「これは一体なんだ?」と思いますが、うまく説明できない。
これを説明するのが僕の挑戦の一つになりました。
幼い頃からいろんな本を読んでいたので、手当たり次第の読書を続けて行きました。
すると、偉大なグルと言われるような人の本に、「自分の内側に何人もの人格がいることに気づき、それを手なずけなさい」ということが書かれていました。
意味不明でした。
気にもしなかった。
ところが、ある時、幾つもの洞察が一つに重なる時が来ました。
すると、自分の内側にいる何人もの人格に気づくことができました。
ずっと僕は「僕」という一人の人間だと思い込んでしたのです。
もちろん肉体は一つです。
でも、そこに宿っている精神は、時には女になり、時には暴漢になり、時には金の亡者になり、時には父になり、時には経営者になり、時には聖者になるような、悪くいうと安定しない、よくいうと可能性をたくさん含んだ精神で、互いに矛盾し、それを無理やり頭のどこかで制御しようと必死にもがいているのでした。
だから、若い頃には文章がまとまらなかったのです。
就職すると、身分をわきまえる必要が生まれます。
そのことが文章をまとめさせてくれていたのです。
何十年も文章を書き、自分の内側の矛盾と付き合ってきたからこそ、それが理解できるようになりました。
そして、その先の可能性もちらちらと見えてきました。
No.05215 24.05.25 金光明経
キリスト教では懺悔が大切なおこないとされているが、仏教にも出てくると聞いて興味を持ち、その話が出てくる金光明経を手に入れた。
まだ読んでないのだが、積読状態のその本を見てふと思い出したことがあった。
30年ほど前、ある女性に声をかけてもらったことがきっかけで、巡り巡ってその後『胎内記憶』を書くことになった。
その後疎遠となったが、お礼も言ってないし、「懺悔」ということばに何か響く部分があった。
そう思った次の晩、長い夢を見た。
30年前の、ずっと忘れていたことと、何か関係のありそうな出来事が出てきた。
朝には覚えていたのだが、今はまた忘れてしまった。
No.05203 24.05.04 アイデアのつくり方とあるがまま
昔、何十年も前、『アイデアのつくり方』という本を読んだ。
とても薄い本で、あっという間に読めたことを覚えている。
だけど書かれていたことはとても貴重で、その通りにやると確かにアイデアが生まれてきた。
ざっくりと書くとこんな話だ。
まず、アイデアを作りたい分野の情報を集める。
その情報を徹底的に知悉する。
アイデアを作るためにあれこれ悩む。
そして数日、アイデアについて考えるのをやめる。
すると、ぽっかりとアイデアが浮かぶという。
僕はこれを何回か体験している。
この「アイデアについて考えるのをやめる」とき、静寂が訪れる。
昨日書いた「あるがままのものをあるがままに見るとき、現れてくる静寂」と似ている。
No.05199 24.04.24 音楽のはたらき
僕はデヴィット・バーンやトーキング・ヘッズの曲をほとんど聞かなかった。
興味がなかった。
ところが、「アメリカン・ユートピア」を見てショックを受けた。
あんな演奏の方法があるのかと。
過去の映像を見ると、デヴィット・バーンはトーキング・ヘッズの頃から似たことをしていた。
それが技術の進化と、表現の深化で、まったく別物のように見えてきた。
彼が何を考えて音楽を作っているのか、知りたくなった。
でも、そのインスピレーションに導かれるようなアクションを、僕は何も起こさなかった。
「アメリカン・ユートピア」をみて一年以上がたち、忘れかけた頃にアマゾンで「おすすめの本」にデヴィット・バーンが書いた『音楽のはたらき』という明るいオレンジ色の本が表示された。
カスタマーレビューに何も書かれてないので、ちょっと不安だったが衝動的に買った。
届いた本を見て「なんでこの本を買ったのだろう?」と思ったが、読み始めると止まらなくなった。
最初の章は「逆からの創造」と題されて、演奏される場が音楽を作ることについて書かれていた。
その中に、チチェン・イッツァーのピラミッドの前で手を叩く話が出てきた。
10年ほど前にそこで僕は手を叩いた。
鳥の鳴き声のような音が反射してきた。
そのことについて「神聖な鳥ケツァールの鳴き声だ」と書かれていた。
それを知れただけでも僕にとっては天啓だ。
まだ読み終わってないこの本。
不思議な牽引力をずっと堪能したい。
No.05198 24.04.23 書いてはいけない
森永卓郎氏の『ザイム真理教』『書いてはいけない』を読んだ。
末期の癌だと言われて、死ぬ前に書くべきことを書こうと決死の覚悟で書いたという二冊の本。
日本人はみんな読むべきだと思う。
そして何を思うのか。
この二書をネタにして「昼間でも聴ける深夜放送コンブラジオ」でお話ししました。
素人のYouTubeですが、この番組はもうすぐ再生回数1000回になります。
普段の数倍のアクセス数になりました。
もしよかったら、あなたの意見も聞かせてください。
https://www.youtube.com/watch?v=CruzExdS8-0
No.05191 24.04.13 龍とはなにか?
龍について色々と調べている。
いろんな資料を読んでいるうちに、なぜ東洋と西洋では、龍の解釈が違うのかについての説を読んだ。
西洋では多くの場合、龍は邪悪な存在として登場するという。
一方、東洋で龍は王権の象徴だったり、善の存在として表現されることが多い。
それはなぜか?
龍は水の象徴ととらえられる。
つまり大きな水の流れが龍になったり、大きな水の流れを支配するものが龍になったりする。
西洋では水や自然環境を「支配すべきもの」ととらえ、東洋では「一体となるもの」ととらえるから、善悪が逆になるのだという。
No.05189 24.04.11 カフカの短編
「変身」や「城」などで知られるフランツ・カフカはかなり変わった人だった。
最初の小説を長く書き続け、そこから短編小説を抽出した。
一方で、小説は一度に全部書かなければならないという謎の縛りを自身にかけ、それを守ろうとした。
「変身」は傑作だが、一度に全部書けなかったから駄作だと本人は思っていたらしい。
生前はあまり理解されなかったようだが、没後に評判が高くなる。
カフカの短編集をポツリポツリと読んでいる。
文章から浮かび上がるイメージが特異で面白い。
No.05184 24.04.06 なぜ宇佐神宮?
中学の歴史の授業で、弓削道鏡が皇位を狙い、和気清麻呂が宇佐神宮に神託をもらいに行くという事件がありました。
それを習ったとき、「なぜ宇佐神宮なの?」と疑問を持ちました。
高校の日本史にも出て来ましたけど、なぜ宇佐神宮でなければならなかったのかまったくわかりませんでした。
確か高三のとき、皇居の周りを散歩していたら、大きな和気清麻呂の銅像を見つけました。
皇位を守った英雄ですから、それを顕彰されたのだろうと思います。
でも、それでもなぜ宇佐神宮に行ったのかはわかりませんでした。
ライターになってから、ある雑誌の取材で安心院に行きました。
空港からはレンタカーで移動していたので、宇佐神宮に足を伸ばしました。
八幡大神や比売大神、神功皇后が祀られていることがわかりましたが、それでもなぜ和気清麻呂が神託をここからもらったのかはわかりませんでした。
きっと神位が高いからなんだろうなとしか理解できませんでした。
それからまた年が過ぎ、神仏習合について調べていたら、突然その理由が理解できました。
それを理解するためには、神仏習合がどのようになされていったのかを知り、しかも奈良の大仏造立の経緯を知ったうえで、八幡大神がどのように扱われたかを知る必要がありました。
四十年以上前からの謎がやっと解けました。
No.05183 24.04.05 ちいちゃんのかげおくり
青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』に『ちいちゃんのかげおくり』という童話のことが書かれていたので読んでみた。
戦争の話ではあるが、その悲惨さをあまり直接は書いていない。
主人公のちいちゃんが家族と一緒にした「かげおくり」から始まり、空襲で逃げ惑う姿を描き、最後にもう一度「かげおくり」をして終わる。
最後の「かげおくり」は、特別な意味が付与されている。
「かげおくり」とは、ちいちゃんのおとうさんが出征する前日に教えてくれた遊びでした。
空が青くて日がよく射す日、影をじっと見つめて、十数えてから目を青空に向けると、青い空にぼうっと白い影が浮かび上がるという遊びです。
子どもたちの感想が『言霊が実現する瞑想読み』に載っていて、興味を持った。
No.05182 24.04.02 覚知する心
青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』を読んだ。
青木先生は茅ヶ崎市立東海岸小学校の初代校長で、加山雄三さんに校歌の作曲を依頼した先生。
子どもたちの覚知する心をどのように育てるかについて書いている。
書かれた内容を覚知した子どもたちは、感想を豊かに語り始める。

