増山さんはサリドマイド・サバイバーだ。
NHKにも二度ほど取り上げられている。
番組名は「薬禍の歳月・サリドマイド事件50年」と「続 薬禍の歳月 薬害サリドマイド事件60年」。
増山さんに会ったのは2001年。
田口ランディさんと一緒に主催した「飛ぶ教室」に参加してくれた。
はじめて会ったとき、口から胃が飛び出るかと思うほど驚いた。
サリドマイド胎芽症で両腕がなかった。
ところが本人はとても明るいし活発だった。
特別仕様の乗用車を足だけで運転していた。
僕はどう接して良いのかわからなかった。
それからしばらく音信不通だったが、数年前にfacebookで再会した。
サリドマイドの薬害は胎児に及ぶ。
だから胎芽症のひとびとは今みんな60歳前後。
かつては両親に支えられていた人達も、今はそれぞれが頑張って生きている。
だけど生きていく意味を失いかけるような人がいる。
その様子を見て、幼い頃一緒に育てられた友人などに会って、増山さんは一肌脱ぐことを決めた。
「このままでは何かがいけないような気がする」と感じて。
ドイツではサリドマイド・サバイバーがグループを作って支え合っているそうだ。
その様を見て、似たことが日本でできないかと奮闘している。
6月22日にサリドマイドシンポジウムを開催することを決めた。
そのあとには国際サリドマイドシンポジウムを日本でやるそうだ。
サバイバーたちを力付け、ともに生きるために。
なんとも天晴れな人だ。
http://thalidomide.jp/?p=160
No.05385 25.05.23 多響的統一
垣内松三の著作に多響的統一という言葉が登場する。
もとはローマン・インガルデンというポーランドの哲学者が生み出した概念だそうだ。
それを垣内は言葉の説明に使っていた。
しかし、この多響的統一という言葉は、あらゆる物質、生命、宇宙にも当てはまる言葉だと思う。
No.05350 25.01.24 いろんな側面
社会の闇に光が当たるようになってきた。
闇にはいろんな側面がある。
いいことをしようとしても立場が違うと悪いことに思えたり、
ある人たちのことを思ってしたことが、社会全体では悪いことであったり、
ある個人を生かすために、別の集まりを犠牲にしたり、
いろんな想定外が生まれる。
ネットワークで繋がっているからある程度は仕方ないこと。
完全にそれらをなくすことはとても難しいだろう。
せめて問題が起きたとき、話し合う場が必要だ。
互いに相手の話を聞けるような余裕が必要だ。
でないと戦いばかりの世の中になる。
No.05336 24.12.28 91歳のトライアスリート
91歳でトライアウスロンをしている稲田弘さんの話をテレビで見た。
70歳でトライアスロンを始めて91歳になってもやっているという。
すごいなと思う。
僕は80歳までマラソンを走りたいと思っていたが60前で挫折した。
今も復活できないかと思ってはいるが、現状では無理そうだ。
稲田さんを見て勇気付けられた。
No.05330 24.12.13 祈り
酒を飲んでいて友人に不意に「自分にとって祈りとはどういう意味があるのか?」と問われた。
いろんな意味があるだろうけど、酒の席で答えられるような粋な答えは浮かばなかった。
二日ほどしてふと思いついたこと。
酒の席向きの答えではないが、ある答えが降りてきた。
「生きていなさい」
母の言葉だった。
なぜか母はことあるごとに「生きていなさい」とか「死んだらダメよ」とかよく言った。
僕は死ぬ気はないし、生きているのが当たり前と思っていたので、なんでそんなことを言われるのか理解できなかった。
酒席の問いで、あれは母の祈りだったんだなと理解できた。
No.05328 24.12.10 開高健ゆかりのバー
開高健ゆかりのバーに連れて行ってもらった。
ライターになってはじめての仕事が開高健がかつて編集長をしていた雑誌だった。
それをきっかけに何冊も著書を読んだ。
文章が洒脱で。言い回しがすごい。
1989年に亡くなったのに、いまだに親しかった人たちが命日に集まってくる。
僕がパイプを吸えるようになったのは開高健のエッセイのおかげ。
No.05324 24.12.04 自転車のお爺さん
朝、散歩していると、自転車に乗ったお爺さんがヨロヨロと抜いて行った。
しばらく走って行くと自転車を止めた。
自転車から降りて、落ちていたビニール袋を拾って、自転車のカゴに入れた。
カゴには瓶やらプラスチックやら、自然には分解しないようなものがたくさん入っていた。
そういうゴミを集めているらしい。
偉いお爺さんだ。
No.05296 24.10.13 見知らぬおじさん
自転車で走ろうとしたら、鍵が壊れてて開かない。
いくらやっても開かないので、自転車屋さんで直してもらおうと、後輪を持ち上げてせっせと歩いていった。
自転車屋さんまで二キロ弱。
しかし、五百メートルほど行ったところで、還暦を過ぎた僕は疲れてしまう。
それでもヒーヒー言いながら後輪を持ち上げてハンドルをヨレヨレと支えながら歩いていると、見知らぬおじさんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「鍵が壊れて自転車屋さんまで持って行こうとしています」
「鍵は持っているの?」
「はいここに」とポケットから出すと、パッとそれを取って後輪の鍵穴に刺す。
「何度もやったよ」と思ったが、おじさんはガチャガチャと鍵を回したりいろんなところを滅多やたらに動かしてみる。
パチン
なぜか鍵が開いた。
「アー、ハッハ」とおじさんは歩いていった。
あのおじさん、天使だなと思った。
No.05287 24.09.25 ドルフィン
映画「2010年」の主人公フロイド博士の奥さんがイルカの研究をしている人だった。
それを見て、ベルギーで会ったキャサリン・ダジンスキー博士を思い出した。
ジョン・C・リリー博士とダジンスキー博士と一緒に食事をして、二人の写真を撮ってあげた。
当時はまだフィルムカメラで、現像したら二人にあげると約束していた。
ところが、ブリュッセル中央駅でフィルムを入れたカバンを盗まれてしまった。
東京に帰ってメールで事情を伝えて詫びた。
リリー博士は日本でも何冊か翻訳本が出ているからご存知のかたはいるだろう。
イルカの研究をした博士で、映画「イルカの日」のモデルとなった。
人間の脳についても研究したため、「アルタード・ステイツ」という映画のモデルにもなった。
ベルギーで会ったとき、ダジンスキー博士の研究についてほとんど何も知らなかったので、話題の中心はリリー博士の研究だった。
中学生のとき「イルカの日」を見て以来、リリー博士は僕にとっての憧れの人。
その席にダジンスキー博士がいた。
そのときの雰囲気が映画「2010年」の主人公フロイド博士の奥さんに似ていた。
それで28年も前にたった一度会ったダジンスキー博士を思い出した。
2000年前後にイルカの研究で御蔵島にいたことは知っていた。
でもわざわざ会いに行くという関係でもないので、ずっと会わずにきた。
ネットで調べたら、ダジンスキー博士は「ドルフィン」という映画にご本人が出演している。
会ったのは1996年で、まだ映画「ドルフィン」は公開されていなかった。
映画「ドルフィン」を探してみた。
アマゾン・プライムビデオにあった。
音楽はスティング、ナレーションは007を演じたピアース・ブロスナンだった。
アカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門でノミネートされたそうだ。
イルカと泳ぐシーンを見て、かつて毎年のように御蔵島に通ってイルカと泳いだことを思い出した。
No.05285 24.09.22 100歳
昨日、父の誕生日でした。
生きていたら100歳。
父は「敗者の文学」を追求していました。
僕が幼い頃は、「勝者の文学」を追求したほうが儲かって良いと思っていましたが、最近になって、やっとその深い意味が分かってきた気がします。
父さん、100歳の誕生日おめでとう。

