ローマクラブの発表した論文に「限界を超えて」がある。
「成長の限界」を発表した20年後の1992年に流された論文だが、そのなかではもう環境問題が限界に来ているため、なんとかしなければならないと警告していた。
そして、もしその限界を超えて人類が生き延びるためには次の五つを心がけなければならないと書いていた。
ビジョンを描く
ネットワークを作る
真実を語る
学ぶ
愛する
今こそ必要だと思う。
ローマクラブの発表した論文に「限界を超えて」がある。
「成長の限界」を発表した20年後の1992年に流された論文だが、そのなかではもう環境問題が限界に来ているため、なんとかしなければならないと警告していた。
そして、もしその限界を超えて人類が生き延びるためには次の五つを心がけなければならないと書いていた。
ビジョンを描く
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真実を語る
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今こそ必要だと思う。
「現象としての人間」に「高次の人格」という概念が出てくる。
これからその概念について時間をかけて説明するけど、30年かけてなるほどと思った概念なので、説明が大変。
でも、説明するのが楽しみ。
どっちやねん。
どっちもや。w
八月一日のことを江戸時代には八朔と言っていた。
徳川家康がはじめて江戸城に入った日なのだとか。
当時は旧暦だったので、正確に新暦でいえば8月末から9月末までで、年によって違うそうだ。
それでも八月一日になると「八朔」を思い出す。
父が「今日は八朔だ」と、毎年のように言っていたから。
中動態という概念を知った。
とても素敵。
能動態でも受動態でもない中動態。
古代ギリシア語に存在したそうだ。
さすが哲学の国ギリシア。
本を整理していたら「Tales from the night rainbow」という本が出てきた。
No.04584に書いた「夜の虹」について書かれた本。
山崎美弥子さんに確かめたら、「はい。この本です」とのこと。
20年近く前にすでにその話に触れていたのに気づかずにいた。
映画「MINAMATA」にはあきらかに事実とは違う点がいくつかある。
だから、あの映画の話がすべて史実に則っていると思うと、大きな間違いが生じる。
たとえば、チッソはユージンの現像小屋を放火したりしなかったし、ユージンを買収しようともしなかった。
「チッソという会社がとんでもないことをした」という概念を伝えるためにそうしたのだろうことはよくわかるが、してないことをしたかのように勘違いしてしまう人が現れてくるのは問題だ。
水俣にかつてそのような事件があり、それを思い出すためにはいいかもしれないが、事実誤認が大きくなると、手の付けようがなくなるかもしれない。
もしかしたらアメリカでは映画「MINAMATA」は公開されないかもしれないという。
表立った理由はジョニー・デップが家庭内暴力をしたからということになっているが、人によってはチッソから訴訟を起こされた場合、映画会社が勝てないからといっている人がいる。
水俣に興味を持った人は、きちんと事実を調べてみる必要がある。
今日のポイント、映画「MINAMATA」は面白い。でも事実とは違う。
これも正直化の一環か。
石井妙子著『魂を撮ろう』を読んだ。
よく書けていると思う。
週刊金曜日の取材で石川武志さんにお話しを聞いていたが、そのとき浮上した問題点が綺麗に書かれていた。
なぜユージンとアイリーンは離婚したのかとか、なぜ封印されていた写真が映画に登場するのかとか。
後者の問題は明確な理由は書かれていないが、状況をここまで書いてもらえばいろんな解釈が可能になり、読者がどう思うか預けてもらったという感じがして、もう充分だと思う。
石川さんからも状況は聞いていたが、雑誌の紙幅では誤解が生じると思い書かないでおいた。
映画「MINAMATA」の背景を知りたい人は読むといい。