No.05127 24.01.08 華厳経

昔、僕がまだ大学生の頃、フィリッチョフ・カプラの著書『タオ自然学』にブーツストラップ仮説という論が出てきて、その説明として華厳経のことが書かれていた。
当時は華厳経に関する本が見つけられず、10年ほどしてから古本屋で、筑摩書房の世界古典文学全集の「仏典II」に、抄訳を見つけて読んだ。
前半の抄訳だったが、それだけでも楽しめた。
しかし、いつかは内容を全部を読みたいと思っていた。
2021年に岩波文庫から『華厳経入法界品』が出版された。
それは華厳経の最終章である。
全体の三分の一ほどの文章量らしい。
厚めの岩波文庫で三巻だった。
大変楽しめた。
いろんな気づきがあり、感情を揺さぶられた。
どうしても全部読みたくなってきたが、国書刊行会で出していた口語全訳は品切れになっていた。

No.05125 24.01.06 深層心理に訴えかける本を読む

そういう本を読むと矢鱈と眠くなる。
今までに数冊そういう本を読んだ。
読みながら寝てしまう。
かつてはそこで読書を中断して、しばらくしてから続きを読んだ。
だからなかなか進まなかった。
今日読んだ本もそういう本だった。
読んでいるうちに寝てしまった。
夢を見た。
夢で納得して続きが読めた。
可笑しいなと思う。

No.05109 23.12.12 金枝篇

父の書斎に英語の厚い本があった。
それが「The Golden Bough 金枝篇」だった。
当時は何の本だったが分からなかったけど、父が死んでから初版の日本語訳を読んだ。
それでこの膨大な著作の全貌を知った。
初版は二巻で出版されたが、版を重ねて三版は11巻の作品となり、さらには索引と文献目録、補遺が追加され、全13巻にもなった。
作者のフレーザーは、それでは一般読者は読まないだろうと、後日簡約本を出版する。
岩波文庫の金枝篇は全5巻だが、この簡約本の翻訳だという。
13巻ある完全版の日本語訳は出ないものかと思っていたが、国書刊行会が全10巻別巻として、第8巻まで出しているのを知った。
どの巻も一万以上するし、専門家でもないので買うのは控えていたが、誘惑に負けて第1巻を買ってしまった。
そもそも父は大学でエリオットの研究をし、中央公論社に入ってからエリオット全集の編集をした。
エリオットの代表作「荒地」は金枝篇の内容を骨格にしているという。
全訳がでたら父はきっと読みたかっただろう。
第1巻のページを開くと、父に全巻揃えろと催促されている気がした。

No.05088 23.11.12 信じて味わう

見たことのない絵を見たり、聞いたことのない音楽を聴いたり、まだ読んだことのない小説を読んだりするのは、その作者や表現者のことを信じているから。
信じることができないと味わうことができない。
表面を撫でてすぐに腑に落ちる作品はそれでいい。
味わわないと感じることのできない何かがある作品とは、しばらくじっくり一緒にいたい。
奥に入ってはじめて体験できる何かが現れてくる。

No.05087 23.11.08 言葉は事端

本を読んでいて、「事端」という言葉を見つけた。
「事端」と書いて「じたん」と読ませる場合、意味は出来事のきっかけのことをいう。
一方で「事端」と書いて「ことば」と読むことがある。
それは古い「ことば」に漢字をあてる際に「事端」と書いたそうだ。
その意味は、もちろん「ことば」。
そしてそのニュアンスが面白い。
ある出来事を表現する時、文章では「事の端」程度のことしか伝えられないから「事端」なのだそうだ。

No.05086 23.11.07 やってみないとわからないでしょ

SHOGENさんのことをアムリッタ朝子さんが知ったきっかけを教えてもらった。
へぇーと驚く。
「今日、誰のために生きる?」だけではなく、かつて自費出版された絵本「やってみないとわからないでしょ」も買った。
「今日、誰のために生きる?」にも登場するザイちゃんが主人公だ。
ザイちゃんが可愛くてキュンキュンする。
いい歳のおじさんをキュンキュンさせるワールドワイドなザイちゃん。

No.05075 23.10.24 今日、誰のために生きる?

「新しいわたし」の著者 二戸依里さんと、ネイティブジャパニーズダンサーのアムリッタ朝子さんが、ある日、烏帽子岩の見えるカフェでペンキ画家のショーゲンさんとお話したそうです。
僕が別ペンネームで書いた小説の舞台がそのあたりだったのでそのときのことを教えてもらったのですが、一緒にショーゲンさんのYouTubeのURLも教わりました。
そこでショーゲンさんが話している内容にびっくりしてしまいました。
それ以来、ショーゲンさんのYouTubeを楽しみにしていたのですが、次に二戸さんからきた連絡は「ショーゲンさんが本を出し、その記念講演がある」。
早速申し込んで聞いてきました。
出版された本のタイトルは「今日、誰のために生きる?」。
ショーゲンさんはサラリーマンでしたが、ある日ティンガティンガというアフリカ・タンザニアの絵を見ます。
それにビビッと来て、その絵を教わろうと二、三週間後に出発するタンザニア行きのチケットを買い、それから会社に退職届を出したそうです。w
ティンガティンガ村で絵を教わっていると、ある画家に声をかけられます。
「ここは観光地でレッスン料も高いので、うちの村に来ない?」
そこでその画家、カンビリさんが住むブンジュ村という村に行き、カンビリさんの家にホームステイさせてもらっていろんなことを学ぶことになるのですが、その話に僕は何度も心が震えました。
その村では、昔の日本の文化が残されていたというのです。
その村の村長さんのお爺様が、今はもう亡くなっているのですが、シャーマンで、日本人とサイキックに交信し、幸せに暮らす方法を教わったというのです。
「どんな日本人とつながったの?」と聞くと、「竪穴住居に住み、一万年から一万五千年もの間幸せに暮らしていた人たちで、女性をモチーフにして土器を作った」と言われたので、「きっと縄文の人たちにつながったんだな」と思ったそうです。
ブンジュ村には外国人が入ってきたことがなかったそうで、もちろん日本人が来たのははじめてです。
画家のカンビリさんはその村で過ごしてきたので、「その村に伝わる日本の文化を体現しているはずの実際の日本人はどんな感じなのか」を知りたくて、連れてきたそうです。
ところが、ショーゲンさんは現代の日本人。
縄文の頃の日本人とはだいぶ違いました。
そこで、かつての縄文人がどのように生きていたのかを、ブンジュ村の人たちから色々と教わっていくことになります。
ここから先は、YouTubeを見るか、「今日、誰のために生きる?」を読んでください。幸せに生きることに興味のある方なら、きっと響きます。

No.05064 23.10.10 篤く三法を敬え

日本書紀には「篤く三宝を敬え」と書かれている。
三宝は一般的に「仏法僧」のことを指し、聖徳太子が仏教を大切にしていたからと言われている。
しかし、実際には太子は「篤く三法を敬え」と書いたのだという説がある。
それは先代旧事本紀大成経という古文書にそのように書かれているから。
「三法」とは「儒教・仏教・神道」のことを指すという。
そして、「三法」をすべて敬えと 同古文書に書かれている。
聖徳太子は寺院のみならず、神社も多く建てていた。
その事実からすると、「篤く三法を敬え」と書いていても、なんら不思議なことではない。
先代旧事本紀大成経は偽書だといわれているが、その成り立ちを知ると「本当に偽書か?」と思える。

No.05060 23.10.01 古い雑誌

ときどきうちに置いてある古い雑誌を読む。
10年以上前の雑誌。
時代が違うとニュアンスが異なる。
デザインも少し違う。
自分が生きてきた時代の雑誌であれば、なんとなくその時代を思い出せる。
でも、生まれる前の時代のものは、どう感じていいのかわかりにくい。
きっと本もそうなのだろう。
古い本を読むとき、その時代のことをよく調べないときっと誤解する。
古い雑誌はそんなことを思い出させてくれる。

No.05058 23.09.29 言霊-ホツマ

僕が会社員の頃、「言霊-ホツマ」という本を買った。
不思議な本だ。
その本によれば、漢字が渡来する以前から日本には文字があったという。
その文字をヲシテと呼ぶが、「ホツマツタヱ」「ミカサフミ」「フトマニ」という三書がヲシテで書かれているという。
「ホツマツタヱ」は景行五十六年に三輪臣大直子命(みわのとみおおたたねこのみこと)によって編纂・献上されたという。
古事記に書かれていて行方のわからなかった旧事紀もかつては偽書とされていたが、再生されているやに聞く。
古代史にもいろんなどんでん返しが起きてくるかもしれない。