幼い頃、怪談を聞くのが好きだった。
あの、怖くてぞわぞわする感覚に酔った。
兄がよく体験談をしてくれた。
それを父に話したことがある。
「純ちゃん(兄のこと)こんな怖い経験したんだって」
兄が嘘をつくとは思えなかったので、その体験はすべて真実だろうと信じて話した。
すると父がこう言った。
「僕も一つだけ、僕の父さん、ようちゃんにとってはおじいさんだな、から聞いた怪談があるよ。聞く?」
もちろん聞いた。
祖父は戦前、樺太の真岡に住んでいた。
そこに知り合いの老婆がいて、その老婆は不思議な能力を持っていると噂されていた。
その老婆があるとき病気になり、町外れの病院に入院したそうだ。
祖父はいつか見舞いにと思っていたある日、夜に厠に行った。
いまでいうトイレだ。
当時のトイレは汲み取り式だから匂う。
母屋から少し離れたところに作られていた。
厠で用を足し、出てきて水道で手を洗おうとすると、水道が不思議な音で唸りだした。
驚いて様子を見ていると、震える水道の蛇口から水煙のようにして、あの老婆の顔が現れた。
驚いた祖父は「何をしている」と怒鳴ると、老婆はこう言って消えた。
「退屈だからねぇ」
翌日、町外れの病院に老婆に会いに行った。
すると老婆は祖父の顔を見るなりこう言った。
「退屈だからねぇ」
No.04687 22.01.18 京都のお寺で聞いた読経
大学生の頃だっただろうか。
京都を旅行していたらあるお寺で読経が始まった。
どこのなんというお寺かも忘れてしまった。
だけどそこの読経が凄かった。
僧侶が数名で読経していたのだが、聞いたことのない和音になっていた。
それが読経の言葉とともにうねっていく。
楽譜にはしようがない微妙な和音の変化。
音楽のように心地よいのと同時に、底知れない畏怖を感じた。
No.04686 22.01.17 ブラバンの秘密
「聖なるもの」に向き合ったときの感覚をヌミノーゼといい、その感覚がしたときのことを思いだしているが、本当にこれもヌミノーゼと呼べるかどうかは判断が分かれるところだと思う。
でも、僕の感覚はそうだと伝えてくれているので、そのように扱う。
高校生の頃、僕はブラスバンドに入っていた。
そこで指揮をやらせてもらえることになった。
指揮をしていた先輩から、演奏会の直前にメンバーを集めて必ずこれを言うようにと、演奏会を成功させるための秘密の言葉を教えてもらった。
そのときの僕にはそれを言う理由がまったくわからなかった。
「そんなこと」としか思えなかった。
そこで文化祭の時、3回の演奏のうち1回を、わざとそれを伝えないで演奏をした。
すると何も間違いのない演奏だったが、ほとんど誰も感動しなかった。
きちんとそれを言うと、観客も演奏者も、とても感動する演奏会になった。
それを知って以来、僕はこの言葉を呪文と呼んでいる。
それはこんな言葉だ。
「これからする演奏はたった1度のものだ。同じお客様に聞いてもらうことはもうない。僕たちも同じコンディションでやることはもうないだろう。だから、いまの僕たちにできる最高の演奏にしよう」
これをいうとなぜかゾクッとした。
そして、その演奏にみんなが感動する。
うまいとか下手とか、そういう次元ではない何かが働いた。
No.04684 22.01.14 はじめて見た天の川
小学生の頃、家族で山中湖に旅行して、夜に生まれてはじめて天の川を見た。
夜空にびっしりと星が敷き詰められていた。
その濃度が高い流れが天の川だった。
びっしりと敷き詰められた星に畏怖を感じた。
なんともいえない恐ろしさ。
「こんな宇宙の中で生きているのか」と。
No.04683 22.01.13 聖なるもの
人は聖なるものに触れて動かされる。
その感情はなかなか表現しにくい。
オットーという神学者はそれをヌミノーゼと言った。
科学的にものを考えるようになり、聖なるものに触れる体験を忘れかけているかもしれない。
これからしばらく僕なりの、聖なるものとの接触について思い出してみようと思う。
No.04682 22.01.10 コーヒーの旨さ
幼い頃、コーヒーといえばインスタントコーヒーだった。
カップにコーヒーの粉を落としてお湯で解かす。
それに砂糖とミルクを入れた。
ところがある日、13年上の兄が、サイフォンで引いた豆のコーヒーを淹れてくれた。
僕は小学生だったが、その旨さに目を見張った。
なんだこれはと。
以来、コーヒーの虜になった。
いろんな豆を挽いてコーヒーを淹れた。
でも、当時はコーヒー豆の味がいまのように安定していなかった。
店によっては焙煎して何日もしたコーヒー豆を売っていたが、当時はあまりそんなこと気にされなかった。
だからコーヒー豆の味を追求しても、あまり仕方がなかった。
いまは焙煎したての豆をいただけるようになったので、豆の違い、産地の違い、農園の違いがはっきりしてきた。
追っかけていくとはまるだろうな。
クラシック音楽も、演奏者やオーケストラ、録音の時期によって違いがあるように、コーヒーの産地や焙煎の度合いなど、些細な違いを評価できるようになると。
No.04674 21.12.02 グンジョウフューチャリングタイ
「今日もtoday」というすっとぼけたアルバムを発表したバンド。
解散して何年も経つ。
解散前に発表した「今日もtoday」をいまもときどき聞く。
そのアルバムに入っている「温泉」という曲のPVがいまもネット上に残っている。
解散日におこなった居酒屋でのライブの様子も。
No.04670 21.11.28 イルカの輪
イルカはときどき、吐き出す息で輪を作る。
個体によってはその輪で遊ぶことがあるようだ。
何かの映像で見たことがある。
実物の泡の輪も見たことがあって、御蔵島で泳いでいたとき、下を泳いでいたイルカが輪を吐いた。
それは意図的なモノなのかたまたまできたものなのか、イルカに聞いたら「意図的に決まっているだろう」と言われた。(嘘)w
No.04661 21.11.19 柿
庭になっていたという柿を知人からいただいた。
いただいたときはまだ硬かったのでしばらくおいて今朝食べた。
やっぱり両親のことを思い出す。
18.11.30のNo.03715に書いた話。
毎年硬い柿が好きな母は硬いうちに柿を食卓に出し、父は柔らかい柿が好きだったので怒る。
ニーチェは「夫婦生活は長い会話だ」と言ったそうですが、柿の話を思い出す度に「夫婦は永遠の会話だ」と思うのです。
なにしろ、毎年繰り返していた両親の会話を、二人とも亡くなってからも僕が思い出し、僕がこうして書くことで、誰かがその話をきっといつか思い出すんだろうなと思うから。
言語学者が、子どもがどのように言語を獲得していくのか研究するため、自分の幼い娘の会話をすべて記録して分析したことがありました。
予想では、新奇なことをたくさん話すのだろうと予測していましたが、実際には話題は限られていて、ほぼ毎日繰り返されることの些細な変化についてよく話したそうです。
両親の柿の話もきっと毎年些細な変化を繰り返し、最初は本気で喧嘩していたが、途中から毎年の恒例になり、そのうちに「また柿の季節になったねぇ」という意味を含んだ口げんかとなり、最後には「また今年もこの会話を繰り返すよ」と思いながら、談笑していたのかなと思います。
その毎年の変化に当時の僕は気づけず、本当のところは覚えてないのですが。
こうやって繰り返すことで、新たな発見があり、新たな概念が生まれ、それがいつしか新しい言葉として表現されるようになり、子どもは言語を獲得し、大人はさらなる気づきを得ていくのでしょうか。
No.04658 21.11.16 モーツアルトピアノ協奏曲第20番
中学生の頃から好きでときどき聞く。
冒頭のコントラバスとチェロのドルルーンという音から引き込まれる。
2楽章のメロディーもいいし、3楽章の劇的な曲想もいい。
いろんな演奏を聞いたけど、中学生の頃に何度も聞いたセルとゼルキンの演奏が僕の中でのスタンダード。
セルが亡くなったのが1970年だそうだから、少なくても50年以上前のもの。
いい演奏は長く残る。

