No.05164 24.03.07 雪の日

小学生の頃、僕は冬でも半ズボンを履いていた。
乾燥した日が続くと股の内側がこすれて痛くなった。
それでも母は半ズボンを履かせたがった。
母には幼い頃に寒さに慣れると、大人になっても風邪をひきにくくなるという思い込みがあった。
だから、僕もそれに従っていた。
きっと今の基準で考えると、虐待ということになるのではないかと思う。
でも、僕は虐待とは思っていなかった。
母なりの愛情の表現だと思っていた。
他にも半ズボンで通す子は多かった。
でも、雪の日だけは長ズボンを履かせてもらった。

No.05152 24.02.19 Welcome to complex system

いろんなところで「自分に正直に」と言われるようになってきたけど、「自分に正直であることが難しい」ことに気づかなければならない。
内省してみると自分にはたくさんの立場があることに気づく。
そして、それらの立場たちは、常に同じ意見を持てるようなものではないことが多い。
つまり立場によって自分の意見が分裂させられる。
もしそのことに気付かないと、自分の心の「ある部分」を無視することになる。
例えば、かつてのtwitter、現在のXで、本名がわからないようにペンネームを使っている人は、公では言えない意見を持っていることに気づいている。
だからXではペンネームを使い、自分が誰かを知られないようにしている。
そういう人は、自分の意見が「実際に言いたいこと」と「立場上言わなければならないこと」が分裂していることに気付いている。
心配なのは、そういう分裂を許容できず、何かの立場から言わなければならないことだけが自分の意見だと思い込んでいる人だ。
そういう人が心のバランスを崩すようだ。
自分の内側でいろんな立場からの意見を吟味して、立場ごとに異なることを意識して、できればそれらを言語化するといい。
今はいくつもある立場のどれからも認められる答えは出せないかもしれない。
であれば、立場ごとに違う答えがあることを認めて、それを表現したらいい。
それを繰り返すことで、どの立場からも認められる答えが、いつかは出せるようになるかもしれない。
なぜそのようなことが言えるのか?
多くの人がたくさんの立場を抱えていて、立場ごとに違う答えを持っていることに気づき、そのことが常識のようになれば、立場ごとに違う答えを持っていることはきっと、賞賛されることになるから。
そうなってはじめて許容される答えが生まれるはず。

No.05149 24.02.13 煮干し

朝起きると、水を張った鍋に煮干しを入れて、火が消えるかもしれないギリギリの弱さで煮る。
しばらくして細かい泡が出てきた頃には香りのいい出汁が取れる。
それにその日の具を入れて軽く煮て、味噌をとく。
味噌汁の出来上がり。
焼き魚とごはんと漬物があれば、僕にとって最高の朝ごはん。

No.05093 23.11.17 歩く

以前のようにスタスタ歩いた。
入院以来、歩くのが少し難しかった。
退院した時は駅まで歩けなかったが、やっと今日、2キロくらいをある程度の速度で歩けた。
「歩こう、歩こう、私は元気」

No.05092 23.11.16 土は生きている

土には命なんかないと思われがちだが、一般的な考えの命はないにしても、そこではたくさんの微生物や虫や動物が生きている。
それらが土に影響し、影響されていることは確かなこと。
僕たちの腸にはたくさんの微生物が住んでいる。
そのおかげで腸は正常に働くことができる。
土も似ていると思わないか?
土は地球の皮膚で、そこに住み着いている生命たちに支えられている。
一時的に作物の収量が増えるからといって、その生命を殺したらどうなるのだろう?
健康な土(皮膚)のままにした方が良くないか?
収量を無理やり増やさなくてもいいのではないか?
自然な土の上に裸足で立つ。

No.05079 23.10.30 コーヒーミルとの対話

何ヶ月前か、電動コーヒーミルが壊れた。
それ以来、手動のコーヒーミルを使っている。
だから、コーヒーを淹れるたびにゴリゴリゴリゴリ重いハンドルを回している。
電動ミルはそんなに高いものではないので、新しいものを買えばいいのだが、久しぶりに手動のミルを使ったときに「あれ? 電動より美味しいかも」と思って以来、手動を使っている。
でも、その美味しさは、はっきりとしたものではなく、慣れてしまえば大差ないもののように感じ、ゴリゴリやるより楽な電動ミルを買おうかとも思うが、わずかな美味しさでも美味しい方が良いのではないかと考え、未だに悩んでいる。
ゴリゴリしながらの手動ミルとの対話。
「電動にしようかな?」
「・・・」
「これ力がいるもんな」
「・・・」
「もう疲れたよ」
「・・・」
「でも美味しい気がするからさ」
「・・・」
「なんか返事してくれよ」
「・・・」
返事が聞こえるようになったらボケを心配しようと思っている。

No.05074 23.10.23 へぼバドミントン

久しぶりに相方とバドミントンをした。
あまりにも久しぶりで「バドミントン」か「バトミントン」か忘れるくらい。
お互い歳をとり、体がかつてよりは不自由なのでなかなかラリーが続かない。
三回打ち続けられれば御の字。
はじめのうちはできなかったことも、しているうちにできるようになったが、そうなったときにはヘトヘト。
でも楽しかった。

No.05072 23.10.19 節々の痛み

入院以来、からだの節々が痛む。
肩の関節、背骨、指などが痛くて自由に動かせない。
かつては孫の手がなくても背中が掻けたが、今は無理。
少しずつ柔軟性を取り戻そうとするが、なかなか思うようにはいかない。
かつての柔軟な頃が懐かしい。