朝の散歩。
今日は気候がとてもいい。
風が少し涼しい。
日差しが柔らか。
その中をテクテク歩く。
近所の高校に通うカップルがすれ違う瞬間、女の子が言った。
「あーだけで会話しないでよ」
男の子は「あー」。
相方の声が頭に響く。
「うちと一緒ね」
あー。
さらにテクテク。
テクテク歩けるようになったが、まだかつてのスピードはない。
いろんな人が僕を追い抜いていく。
若い人が追い抜くのは当然だ。
だけど、おじさんやおばさんにも抜かれる。
年輩のおじいさんやおばあさんにも抜かれるときがある。
そういうとき、かつてのようにせっせか歩きたくなる。
頭の中の声。
「急ぐことないよ。自分は自分」
「あーゆうふうにもう歩けないのかな」
「リハビリ中に頑張らなくてもよろしい」
「そう僕は木漏れ日を味わっている」
「早く歩いても味わえるよ」
「何でもかんでも急ぎたい病が発症したな」
「まあいいけど」
「あーでもないこーでもないと頭の中でぐるぐる考えているな」
「そうだ瞑想状態になろう、考えなくて済む」
「でも、歩いているときは活発にあーでもないこーでもないってやったほうが楽しい」
「どっちでもいいよ」
「あー」
そのとき、向かい側から歩いてきた三歳くらいの男の子が、母親の手を離して僕の目の前に立った。
陸上グランドのほうを指差して「セミががんばれってないてるよ」。
もちろん、母親に向けての言葉だろうが、正面の僕と目があった。
ありがとう。その言葉、いただきました。
No.05277 24.09.04 旅行の相談
相方と旅行の相談。
一日目はどこに行くとか、そこよりあっちがいいとか、そこには前に行ったときこんなことがあったからもういいとか。
ああとか、こうとか。
終わりのない思い出話と、あてのないこれからのこと。
それで結局、目鼻はつけるがたいていは当日決定。
No.05276 24.09.03 生ラーメン
ラーメンが食べたくなった。
スーパーでインスタントラーメンを買おうかと思ったが、もっと美味しいラーメンが食べたいなと思い、はじめて生ラーメンを買ってみた。
麺は大きな鍋で茹でる。
別にスープを作る。
具と兼用のもやし、キャベツ、豚肉を煮る。
ラーメン用の器に醤油と少しの麺つゆ、そしてごま油をちょっと入れ、スープで割る。
そこに茹った麺を湯切りして入れる。
茹でたもやし、キャベツ、豚肉を載せて、残りのスープをかける。
出来上がり。
麺がやっぱりツルツルモチッとしてインスタントよりずっとうまい。
スープも自分好みで嬉しい。
No.05275 24.08.31 夏休み最後の日
学生を卒業してから40年も経つのに、いまだに8月31日は夏休み最後の日だ。
どれだけ僕の思考を拘束しているのだろう。
9月になる瞬間、ちょっと寂しい。
いいかげん卒業したほうがいいと思うが無理そうだ。
人生最期の走馬灯にも出てくるよ、きっと。
No.05274 24.08.30 今、過去を感じること
過去とは何かを感じると、常に「今、思い出していること」である。
過去を思い出すと過去に行くわけではない。
今、過去を思い出すとはいったいどういうことか?
過去に体験したことを「今、思い出すこと」。
ということは、過去を思い出しながら、「今の体験」である。
過去というものを「今、作り直している」ことにほかならない。
ここに何か割り切れなさを感じる。
この割り切れなさは、感じる「今」によって、違うような気がする。
それを感じるのに一定の答えはない気がする。
No.05273 24.08.29 AIに絵を描かせるのに無理難題を出す
AIにときどき絵を描かせる。
たいていは何かに使うための絵を描かせるが、いたずらに無意味な絵を描かせることがある。
一生懸命それらしいものを描いてくれるので、愛しくなる。
「AIに絵を描かせるのに無理難題を出す」と入力したら、上の絵になった。
No.05272 24.08.28 ホノルルマラソンの朝
はじめてホノルルマラソンを走った朝。
マラソンを走るのもはじめてだった。
確か五時スタート。
まだ暗い中、スタート地点に向かって歩く。
地図を確かめて歩いていったが、たくさんのゼッケンをつけた人たちが、ぞろぞろと歩いていたのでついていった。
スタート地点では予想タイムごとに並んでいる。
四時間から五時間に並んだ。
本当に五時間以内に走れるのか自信はなかった。
ただ、どうしても五時間以内に走らないとならない。
それ以上かかると帰りの飛行機に間に合わない。
無謀な賭けだった。
ヒューと足元を過ぎる風が冷たかった。
花火が上がってスタートした。
走り出すと冷たい風が心地よかった。
朝日が上がり、太陽が射すと、陽の光がありがたかった。
No.05271 24.08.27 寝入りに見るイメージ
布団に入って眠りにつこうとすると、いろんなイメージが浮上することがある。
とても鮮明なイメージ。
たいていは見たことのないイメージ。
見たことのないイメージは説明ができない。
具体的なものが重なっているイメージは一つひとつ分解して説明できるが、多くの場合、抽象的で説明ができない。
説明ができるもので最近見たのは、針金が複雑に絡み合った立体物。
そのところどころに人形やマスコットが吊り下がっていた。
なんでそんなものが見えるのか、理由はわからない。
でも、見ていると面白い。
視点の移行に伴って、空間に視点が浮かんでいることがわかった。
肉体がある視覚では、針金のあいだに入っていくことはできない。
No.05270 24.08.24 本当のことを書く
本当のことを書くのはメンタルにいい影響を与える。
それには疑いがない。
以前、マウイ島ラハイナに行ったときには必ず寄ったアイランド・サンダルのマイケル爺さんとした話。
お店に行ってサンダルの修理を頼むと、怪訝そうな目で僕を見る。
「あんた、仕事は何をしている?」
「ライターです」
「そうかい。だったら自分で考えて書いているね」
当たり前のことを言われて意味がわからなかったので「なぜですか?」と聞いた。
「アメリカのライターはね、たいてい会社に言われたことしか書かないから左脳ばっかり使って、その結果、右足に変な油が出てくるからそれでこの人はライターだなってわかるんだ。ところが君にはそれがない」
「そうなんですか」
「いい記事書けよ」
No.05269 24.08.22 ピーマンの味噌汁
夏の朝は味噌汁がいい。
必要な塩分が摂れる。
煮干しで出汁を引き、具材を入れる段になって豆腐もきのこ類も大根もないことに気づいた。
アララ、と思う。
冷蔵庫の片隅にピーマンがあった。
「ピーマンかぁ」と思うが、他に良さそうなものがない。
ものは試しとピーマンで味噌汁を作る。
一緒にワカメも入れた。
ワカメだけだと寂しい。
出来上がった味噌汁は、思ったより美味しかった。
以前、万願寺とうがらしの味噌汁を作ったことがある。
それに似ている。

