No.05107 23.12.10 華厳経入法界品 下巻

ほぼ一年かけて読んできた華厳経入法界品が上巻、中巻を終えて下巻に入った。
どんな話かというと、主人公である善財童子が最高の悟りである無上正等覚を得るためにいろんな人を訪ねていく。
53名の人や王や僧や女神や菩薩に会い、いろんな話を聞いていくが、次第に内容が広大かつ精密なものになっていく。
最高の悟りに行き着くために、いくつもの悟りについて話を聞いていく。
しかし、その一つ一つがどのような悟りなのか具体的には書かれておらず、読み進めれば進めるほど疑問ばかりが増えていく。
だから、明確に理解しようとすると挫折するようにできているように感じる。
下巻の終わりに何が見えてくるのか楽しみ。

No.05106 23.12.09 シュトレーン

シュトレーンを買った。
お菓子屋さんに並んでいたそれは、ずっしりと重かった。
うちに帰って包みを開けると、ラップで二重に包まれていた。
開くとシナモンの香りがした。
粉砂糖で覆われていたのでものすごく甘いのかと思ったけど、ナイフで切り分けると、シナモン、ナッツ、ドライフルーツなどが渾然一体となり、落ち着いた味でもっと食べたくなった。
クリスマスパーティーにはこれを出そうかな。

No.05105 23.12.08 訪問者

居眠りして夢を見た。
うちの庭に見知らぬ男が入ってきた。
捕まえて事情を聞いた。
以前庭に入った男から話を聞いたという。
以前見た夢に同じように庭に入ってきた男がいた。
だけど、その男をどうしたかは覚えていない。
今回入ってきた男の話によれば、僕が誰かを紹介したことで、何かいい体験をしたそうだ。
今回入ってきた男はまだ二十代で、大きなスポーツバッグを持っていた。
希望があればなんとかなるよと伝えた。

No.05104 23.12.06 龍口明神社

龍口寺の隣にかつて龍口明神社があった。
旧社殿は今も龍口寺の隣に残されているが、立ち入り禁止とされていた。
現社殿は西鎌倉駅から歩いて10分ほどのところにある。
西鎌倉駅に降りたら、不思議なことにその場所を夢に見ていて知っていた。
そこからどう歩いていったら龍口明神社に着くのかほぼ覚えていたが、最後の部分だけ夢とは違った。
夢では歩いていくと道の左側にあったが、現実にはその道を右に曲がってしばらく行ったところにあった。
敷地内に入ると、手前に御神木があった。
夢のなかではその御神木に何かしたのだが、何をしたのかが思い出せない。

No.05103 23.12.05 龍口寺

中学か高校の歴史の授業で、日蓮の「龍ノ口の法難」を習った。
日蓮が立正安国論を唱えるが、それに対して鎌倉幕府の偉い坊さんが迫害を始める。
それで龍ノ口という場所で日蓮を斬首しようとするが、光の玉が飛んできて斬首役人が恐れ慄いて取りやめになるという話。
UFOに興味があったので、光の玉はUFOだったのでは?と思い覚えていた。
それから時がたち、別ペンネームでUFOに関してのファンタジーを書いた。
舞台は茅ヶ崎や江ノ島のあたり。
そしたら何人かの人たちから、「あのあたりで実はUFOを見たんです」という話を聞くようになった。
よく調べたら、龍ノ口とは江ノ島の入り口にあたるような場所。
鎌倉時代からあのあたりには光の玉が飛んでいたらしい。
龍ノ口の刑場跡には今では日蓮宗の龍口寺が建っている。
お世話になっていますとお参りしてきた。

No.05102 23.12.04 他人の心は本当にわからないものなのか

自分の心は自分にしかわからないと書いたが、実は疑っている部分もある。
自分の心は自分でも知り尽くすことが難しい。
確かにその通りなのに、なぜか他人から言い当てられることがある。
スパッと言われて「なんでそんなことわかるの?」と思うことがある。
きっと何かが同調したんだなと思うが、本当にそれだけなのだろうか?
時には誰かの思いを言い当てて「なんでそんなことわかるの?」と言われることもある。
「なんで」を僕も知りたいが、理由のわからぬ「なんとなく」が時々やってくる。

No.05101 23.12.02 他人の心

自分の心は自分にしかわからない。
しかも、自分の心は自分でも知り尽くすことが難しい。
ふと思い出したことがなぜ思い出されるのか、常に答えられるわけではない。
「きっとこうだ」という推測以上にはならないことがある。
自分の心すら思うようにならない。
まして他人の心など。

No.05100 23.12.01 神は内側に

原子が連なりいろんなものになる。
分子が高分子になり、高分子がタンパク質になり、いつしか生命が形作られる。
無機物が有機物になるとか、命のないものが命を得るとか考えるけど、ひょっとして原子にはすでに命の端緒が含まれているのではないか?
含まれているというより、生命そのものかも。
もしそうだとすると、どんなものにも命の端緒が含まれていて、無生物と生物との境界は、実はないのではないか?
人間が原子の生み出す現象をどのように見るか、解釈するかで、見えてくるものが変わるのではないか?
だから、、、