No.05202 24.05.03 あるがまま

「あるがままのものをあるがままに見よ」
よく言われる。
でも、僕にはできない。
どんなものも過去からの色眼鏡で見てしまう。
そうしないと何も言えない。
言葉は過去の解釈から生まれる。
あるがままのものをあるがままに見るとき、現れてくるのは静寂ばかり。

No.05197 24.04.21 老いた体

以前より体を動かすことが難しくなっている。
少し体を動かすと疲れるし、かつて可動域だったところに腕がいかなくなってきているし、ちょっと無理すると眠くてしょうがなくなる。
「若い頃と比べてこんなに動かない」と怒りたくなることがある。
一方で「かつては何の苦もなく動いてくれていたのがありがたかった」と感謝の念も湧く。
ヤジロベエの二つのオモリが怒りと感謝でゆらゆらしている僕の感情。

No.05186 24.04.08 二極化

いろんなことが二極化していくという。
ピラミッドに収まった人たちは、上下関係に縛られるが、お金があるのでいろんなモノが買えるだろう。
ピラミッドから出ていくことを決めた人は、制約が多くて生きづらいという解釈もできるが、人との繋がりの中でたくさんの形の違う愛を見つけていくだろう。
上手な人はいいとこ取りをするだろうし、下手な人は損な役回りをするだろう。
それは自由であるかぎり変わらない。
どんな生き方が正しいかを考えても仕方ない。
宇宙は無限で多様だ。
可能性はたくさんある。
二極で終わるはずがない。

No.05182 24.04.02 覚知する心

青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』を読んだ。
青木先生は茅ヶ崎市立東海岸小学校の初代校長で、加山雄三さんに校歌の作曲を依頼した先生。
子どもたちの覚知する心をどのように育てるかについて書いている。
書かれた内容を覚知した子どもたちは、感想を豊かに語り始める。

No.05178 24.03.25 声字実相義

30年ほど前、あるきっかけでヒーリング・ライティングを始めたが、ある高僧から助言をいただく機会を得て質問した。
その高僧は「声字実相義を読みなさい」と答えた。
一度読んだだけではよく意味がわからなかった。
二度三度と読んで、少し意味がわかった。
読むたびに意味が深くなる。
二、三年前にやっと理解したことが、すでにここに書かれていた。

No.05174 24.03.18 知りようのないこと

この世界には知りようのないことがたくさんある。
まず生命がどのように振る舞うかを知りようがない。
それは無限の可能性に接続している。
環境が変われば振る舞いが変わる。
振る舞いが変われば細胞が変わる。
細胞が変われば、細胞の内容物が変わる。
細胞の内容物が変われば細胞の動きが変わる。
その変化の可能性は無限大だ。
一方で死との綱引きがある。
生まれるものがあれば死ぬものがある。
何が死ぬのかはわかるようでわからない。
それぞれのレベルで無限大の可能性と無限大の死の可能性に接続している。
それを全て知るなんてできることではない。
大きな可能性があるという、表面的なことを知るのみ。
表面的なこと、それは水滴の音のよう。

No.05172 24.03.16 イマジネーション

宇宙の彼方に行ける。
原子の大きさになれる。
眉間から光を発することができる。
その光で世界を変えることができる。
誰も聞いたことのない音楽について語り、すべての生命と共感できる。
生と死の瞬間を知ることができ、ありとあらゆるものを動かすことができる。
銀河でさえも。

No.05171 24.03.14 みんな違うことをする

ヒーリング・ライティングをしていたおかげで、人はみんな徹底的に違うことに気がついた。
なにしろ使う言葉もみんな違うのだ。
言葉自体は同じでも、それに込めている思いや、そこから連想するもの、そこから湧いてくる感情など、みんな違う。
だけどもなぜか「みんな一緒だ」と思いたがっている。
それはきっと仲間外れにはなりたくないから。
なぜそうなったのかというと、そう思い込むように教えられてきたからではないか?
みんなそれぞれ「違ってもいい」ことを突き詰めていくと、自然と役割が個性化していき、やるべきことが現れてくるのではないか?
そうやって、以前には見えなかった役割分担が自然とできあがるのではないか?
そののちに、勝手に新しい繋がりができて、しかも各自がしたいことをしたいときにするようになっているのではないか?
それは単細胞生物が集まり群体をなし、そのうちに多細胞生物のようになって行ったのと同じように。
その結果、ピラミッド組織のように窮屈なシステムから、緩やかにつながり合う流体のような、ボルテックスのような、トーラスのような繋がりができるのではないか?

No.05170 24.03.13 チェーホフの銃

誰も発砲しない銃を舞台においてはならない。
有名な話だ。
人生において「チェーホフの銃」はたくさんある。
幼い頃の記憶が、年老いて効いてくる。
年老いて効かない記憶は、記憶自体が失われる。
だから、記憶は慈しむべきである。

No.05166 24.03.09 水平線の上の希望

水平線は単なる線じゃないのよ。
彼女はつぶやいた。
どこまでも遠くにある海が、私には線に見えるだけ。
そこには風が吹き、白波が立ち、海鳥が渡り、魚が飛び跳ねている。
それが線に見えるだけ。
線に見えるけど、無限や永遠に繋がっている。
見尽くすことはできない、可能性の宇宙。
彼女の指先にも、無限や永遠が宿っている。