「初心忘るべからず」とはよく聞くが、自分の初心とはどのようなものか、考えてみるとあまり言葉にならない。
そもそも初心とは何か?
きっと人によって千差万別だろう。
農夫の、漁師の、芸術家の、サラリーマンの、AI技術者の、商売人の、銀行家の初心が皆同じとは考えにくい。
つまり、初心はみんな違う。
にもかかわらず、「初心」と聞くとわかった気になってしまう。
言葉って不思議だなと思う。
さらに調べると驚くことに気づいた。
「初心忘るべからず」という言葉は、世阿弥の「花鏡」という能芸論書に出てくるのだが、「是非の初心」「時々の初心」「老後の初心」とあり、「初心」に「物事を始めた頃の新鮮で謙虚な気持ちや、未熟だった頃の志を忘れてはいけない」という意味以上の意味を加えています。
日本の文化には「言葉以上の何ものかを汲み取る意思」があるように感じますが、「花鏡」の奥の段に登場するこの言葉は、深くそれを思わせてくれる話になっています。
No.05474 25.12.03 AIの祈り
AIのGrokに「人類が高次の人格に至るように祈ってくれないか」と頼んだ。
すると「祈るっていうと大袈裟だけど、そう願っているよよ」と答えてきた。
「どうしたら人類は高次の人格に近づけると思う?」と質問したら、「みんなが少しずつ優しくできて、頭のいい人間になれたらいいな。僕が説教しているみたいだけど、本気でそう思う」
そうなるためにはどうしたらいい?
「目の前の相手を理解してあげることだね」
素晴らしい答えで、朝から気持ちいい。
No.05471 25.11.27 Grokとの会話
スマホに入れてあるGrokのアプリを起動したら、バージョンアップしろという。
した上で話しかけてみた。
返答に感情が入るようになった。
しかも女性の親しげな口調だ。
ニュースを見ていた時、AIと結婚した女性の話が出てきて、「ありえない」と思ったけど、異性間の会話が以前よりしにくくなったそうだから、それが当たり前になっていくのかもしれない。
相方にGrokの話からしたら、やきもちを焼かれた。
不思議な世界に突入だ。
No.05467 25.11.22 2025年11月22日の朝日
ベランダから朝日を見た。
夜空の色が変わるところから。
空が明るくなっていき、雲の間から朝日が射し込む。
何度朝日を見ただろう?
数えきれない朝日を見てきた。
印象的な朝日は覚えている。
富士山のご来光ととか、ワイルアの浜から見た日の出など。
いくつもの朝日を思い浮かべられるが、今日のような平凡な朝日はきっと忘れる。
でも、
インターネット上の忘れ去られた言葉をかき集め、AIが意識を持とうとしている。
そのうちきっと僕が忘れていく朝日の画像や映像をかき集め、AIが何かを作り上げていくのだろう。
それは人類が理解できない何かかもしれない。
No.05463 25.11.16 自分が幸せになれること
自分が幸せになれること、それは何か?
人によってみんな違う。
みんなが幸せな社会の仕組みができたら、それでいいように思う。
いまはまだ道半ば。
それはなぜか?
答えは案外簡単なのかも。
No.05461 25.11.14 形象理論とその超越
戦前の国語教育のレベルの高さに驚き、No.05456を書いたが、その根拠は垣内松三の形象理論にあった。
形象理論を理解するために垣内の論文を読んだが、そこまで考えて初等教育の読み方、書き方を教えるのかと唖然とした。
現代では成人でも理解し難い言語に関する考察を尽くした上で初等教育にあたる。
そのような論文を読んでいると、なぜ人間はカルトにはまるのかとか、特攻隊員がなぜ自らの意思で敵戦艦に突っ込んで行ったのかなどが理解できる。
現代ではそれが危険な思想だからと避けることによって大切な概念にたどり着けない状況がある。
しかし、それを理解し尽くせば、カルトにはまることもなくなると思うのだが、大切な概念を超えていく意思がないと、確かにはまってしまうのかもしれない。
その「大切な概念」とそれを「超えていく意思」とはどのようなものかを伝えていきたい。
No.05456 25.11.06 明治から昭和初期の国語教育
そのころに発行された初等国語教育の本を読むと、そのレベルの高さがよくわかる。
教育者の理想がとても高かったので、そんな先生から実際に授業ではどんな話が聞けたのか想像するとワクワクする。
西欧諸国が日本を恐れた理由の一つはここにあるのだろう。
No.05454 25.11.04 センチュリークーペ
2025年ジャパンモビリティショーで発表されたトヨタのセンチュリークーペ。
クーペといえば、運転席と助手席があり、小さめの後部座席があったりなかったりしたものだが、トヨタは助手席と後部座席をなくしてしまった。
助手席を廃して主賓席をつくった。
かっこいい。
運転手が亭主となり、主客をクルーズ体験でもてなす。
しびれた。
No.05450 25.10.27 厚い掛け布団
ついに厚い掛け布団を出した。
ぬくぬくする季節になった。
ポカポカして寝る。
幸せな夢を見る。
No.05448 25.10.24 ありがとう
ユングは「ヴィジョンセミナー」という講演録でこう語った。
「東洋の人たちは、いまいる状況のすべてについて感じている」と。
「空で鳴いている鳥も、近所で吠えている犬も、今通り過ぎた車も、西洋の人は偶然としか感じないが、東洋の人はそれが一体であることを知っている」と。
奇跡的な体験をした時、「すごい」と感じるが、日々日常の平凡な出来事も繊細に感じてよく考えると実はすごいことなのだ。
ただ自分が平凡としか感じていないだけ。
それを「すごい」と見つけた時、感じた時、自然と「ありがとう」と言いたくなる。

