No.05265 24.08.16 Living Earth

スマホに Living Earth というアプリをインストールしてある。
それを開くと、現在の地球の様子が見られるようになっている。
地球の写真が浮き上がり、指でくるりと回すと、現在の雲の様子が全世界見られる。
都市名や地名を登録しておくと、その場所の気温や天気も瞬時にわかる。
ふとダブリンのことを思い出すと、現在のダブリンの天気や温度がわかる。
地球全体が愛しくなるようなアプリだ。

No.05263 24.08.13 茹でたとうもろこし

苞葉に包まれたとうもろこしを買ってきて、むいてひげをとって茹でる。
鮮やかな黄色になったとうもろこしに塩を振って食べる。
お上品な人は一粒ずつ手で取っていく。
僕はそんなことはしない。
アッチッチとか言いながら、少し冷めるのを待って歯を立てて食べていく。
ガシガシガシと。
口のまわりに粒が付く。
テレビで茹でて食べる人が減ったと聞いた。
本当かいな?
こんな美味いもの。

No.05250 24.07.30 水のきらめき

「水のきらめき」というBlogを20年近く執筆している。
今のBlogには、2008年からの原稿しかないが、それ以前にもiBlogという、appleが提供していたBlog作成ソフトで更新していたが、wordpressの方が使い勝手が良く、iBlogは廃止になった。
かつてはGoogleで検索すると「水のきらめき」はずっとTopに表示されていた。
ところが、311以降、政府にとって都合の悪いことを書くようになったら、だんだん順位が落ちて、トリチウム水のことについて書いた頃からは表示されなくなった。
不愉快だ。
そんなことしているから日本の景気はダダ下がりだ。
と、文句を言っても仕方ない。
たとえ読まれなくても、書きたいことを書いていく。
しばらく体調が悪かったので書かなかったが、そろそろ復活させる。
日本政府を困らせたいのではない。
僕から見た本当のことを書きたいだけ。
「水のきらめき tsunabuchi」と検索すると、表示される。

No.05243 24.07.20 誰かのせいにするのをやめる

世間で起きることはすべて、誰かのせいだと思い込んでいる。
これはかつての人間の性質だ。
人間が言葉を使い続ける限り、そこから抜け出すのは難しい。
言葉は何かを他から隔絶するから。
「あの事件の犯人」というと、その人だけが悪い人のように思えてくる。
でも、前後関係をつぶさに見ていくと、その人が犯人にならざるを得なかった理由が見えてきて、その理由を作っている周囲の状況が見えてきて、その状況を作っているのは人間の思い込みだったりして、その犯人が犯人になってしまったのは、周囲の状況がそうだったからとしか言いようがなくなり、それでも「犯人が悪いよね」と結果づける。
そして、犯人が生まれてしまう状況はそのまま残される。
そしてまた、誰かが犯人になる。
こういう状況を現代は多くの人が理解するようになってきた。
でも、まだ簡単には解決できない。
考えるべきことが多すぎるから。
でも、認識したことはいつか解決される。

No.05238 24.07.10 言語化しなくてもいい気持ち良さ

外国人旅行客が増え、渋谷も京都も街がゴミだらけにされているとニュースショーで伝えていた。
住んでいる人にとってはとても迷惑なことだろう。
それを見て思い出したのが、世界の多くの学校では生徒には掃除をさせないという話。
統計を取って調べたわけではないが、何かでそうなんだと聞いた。
多くの外国人にとって「掃除をするのは下層の人」という意識があるのかも知れない。
フランスの会社の日本支社に勤めていた友人が、フランス人がトイレを使ったあと、ひどく汚れているので「なんでだ」と聞いたそうだ。
質問されたフランス人はこう答えた。
「掃除する人の仕事を奪ってはいけないでしょう」
ここから推論すると、客人達は日本が美しいのは、ゴミ掃除をする人がたくさんいるからと思っているのかも知れない。
それは違うことを客人達に伝えたほうがいいだろう。
僕の母は、僕がゴミを出すと「よこしなさい」と言って、そのゴミを鞄に詰め込んで持ち帰っていた。
客人達はそのような感覚が理解できないのだと思う。
美しい日本、茶道や華道を生み出した日本を本当に味わいたいなら、その心も知るように、僕たちが言語化して伝えていかなければならないようだ。

No.05234 24.07.03 令和6年7月3日朝の夢

またまた説明しにくい夢を見てしまった。
正しく順番に説明することはできそうもないので、説明できるところからしていくと、こんな感じになる。
人間は自分を認識するのに、環境との関係をほとんど考えないが、自分の考えや思いが、環境からも生まれてくることは明らかだ。
つまり古代に生まれていれば、科学的な考えを持てる人はほとんどいなかった。
だけど、科学的な現代に生まれれば、容易に科学的な考えを得ることができる。
そこで問題が生じる。
今生きている自分が、過去に生きていたであろう人より優れていると思い込むこと。
その思い込みはまだ許容できる。
比べる土俵が整うことはないから。
しかし、その思考の延長線上に問題を生み出す思考が生まれる。
現代の科学をほとんど理解している人が、それらを理解しない人より優れていると考えること。
これがなぜ問題か?
人間は、すべての知恵を得ることができないから。
より理解した者が、理解できない者を差別する。
このような幻想を持ってしまうから。
どのような理解を持っていようとも、その理解は限定的なものでしかない。
ニュートンは宇宙を理解したと思ったかもしれないが、アインシュタインによってそれは幻想だったことがはっきりとした。
同様に、どんな智慧も、知れば知るほど奥行きが生まれてくる。
宇宙に対して謙虚にならざるを得ない。
どんなに知的な人間でも、宇宙の知には敵わない。
にもかかわらず、人間は知的に劣ったものを見下す傾向がある。
それの何が問題かは、ここまでの話が理解できた人には色々と思い浮かぶだろう。
どんなに崇高なことを考えていても、何か行動しない限り、その考えは存在しないも同然だ。
つまり、崇高なことを考えた人は、それを表現しなければならない。
文字にしてもいいし、絵にしてもいいし、音楽にしてもいいし、行動してもいいし、新たなメディアを作ってそこに表現してもいい。
崇高な考えほど、理解してもらいにくい。
簡単に理解してもらえる考えは、すでにたくさん存在しているだろう。
だから、崇高な考えは孤立しがちだ。
それが個人の内側に生まれても、理解してもらえないことで失われていくことが、過去にどれほどあったことか。
今生まれている崇高な考えは、その多くが、現在の環境がこのようだからこそ生まれたものが多いはず。
同様に、古代における崇高な考えは、古代の環境の中にいないと理解しにくい。
だから、僕たちは古代の遺跡がなぜ作られたのか、わからないことが多い。
つまり、自分が形作っている考えは、自分が作っただけではなく、今ある全存在との相互関係から生まれてきている。
しかし、それであっても宇宙の知には敵わない。
人間が持つ崇高な考えは必ずアップデートされるはず。
ここまでは、誰でも理解できる常識的な話だが、ここから先が夢の話だ。
あくまでも僕の夢なので、事実かどうかは問わないでほしい。

世界を掌握したと考えている一握りの人たちは、さらなる知を求めて、試験や実験を繰り返す。
しかし、知れば知るほど知りようがない知恵がどこにあるかを知ることになる。
生命はなぜ存在するのか?
これは誰も知りようがない深遠な謎だ。
知の誘惑に駆られた学者は不遜にもその謎に挑戦する。
その結果、何が起きたのか。
自らが優秀だと考えているグループが、劣っていると思い込んでいるグループに対して、してはならない実験をする。
それが明確に現れたのがタスキギー梅毒実験。
1997年5月にクリントン大統領が謝罪して明るみに出た。
1932年から1972年まで行われたと言われている。
アラバマ州タスキギーにて、アメリカ公衆衛生局が梅毒の臨床研究をした。
公には「Bad Blood(悪い血液)」の治療のためとしていたが、実際にしていたことは「もし梅毒を治療しなかったらどうなるのか?」。
これを黒人を対象に研究した。
実験対象になった黒人たちは治療を受けていると思わされていた。
そして実際には、すでに罹患した、または人によっては罹患させられた梅毒に対して可能である治療を受けることはなかった。
これがアメリカにおいて、黒人がなぜワクチンを打ちたがらないかの大きな理由の一つだ。
そのようなことが現代でも起きないとは限らない。
遺伝子の謎はとても深い。
そう簡単に解き明かすことはできない。
それをどうしてもしたいと考える一握りの人間が、自らを優れた存在だと考え、劣った存在を犠牲にしてもそれを解明するのは、優れた存在の義務だと考える。
そのような勘違いが起きているのではないか?
このような考え方は勘違いである。
なぜなら、現在人間が持ち得ている知識は、時が経てば更新されていくべき、浅薄なものでしかないから。
AIが完成すれば絶対的知恵が生まれるというのも勘違いだ。
人類はさらに深甚な、人間の頭脳では整理しようのない、広大な知恵へと導かれていくだろう。
そのときはじめて、現在持ち得ている知恵が、浅薄であったことに気づく。
そして、その浅薄な知恵に導かれてそれをAIによって拡張し、地球に適応させるなら、人類は滅びて当然だろう。
人類だけではなく、地球上の生命がすべて絶滅するかも知れない。
そうやって絶滅した生命が今まで全宇宙にどれだけ存在したのだろう?
その危機を乗り越えた存在は、まだごく少数で、そのような文明はそれを他の星に伝えたいとは思うかも知れないが、実際には伝えることができないので、ただ見守るしかない。
なぜ見守るしかないかといえば、それを理解する概念を生み出していない生物には、どうやっても伝えられないからだ。
言葉を持たない猿に、愛を伝えようとしても無駄なのと同じように。
だから、今ある存在を大切にして、少しずつ前進していくしかない。
環境を育て、自分のビジョンを育て、それに関わる他の存在と一緒に育ち、新たなる概念を生み出していく。
こういった夢を、わずかな時間に、多次元的に見た。

No.05229 24.06.20 複眼ニュース

ときどき質問される。
最近では、「都知事候補誰がいい?」とか。
50人以上から一人選ぶのはなかなか大変だ。
あーでもない、こうでもないと長い話をすることになる。
たった一人、「〇〇さん」と言えればいいのだが、優柔不断な僕にはなかなか決められない。
いや、ギリギリまで選択を留保しているというべきか。
どっちでもいいけど、そういうことだ。
同じようにいろんな出来事に関しても、いろんな視点があって、「これが真実」と一つにはなかなか決められない。
その様をニュースで味わうための複眼ニュースというBlogを始めた。
新時代の「事実」とは何か?
https://fukugannews.com

No.05222 24.06.04 tsunabuchi.com

このところ不運が続いている。
外に出たら、いきなり土砂降りになったり、あるべきものがあるはずの場所になかったり、急に睡魔に襲われて身動き取れなくなったり。
一番の驚きは tsunabuchi.com が見られなくなったこと。
SSL証明書を更新しようとしたら、なぜか更新できず、何度更新作業をしてもうまくいかない。
仕方ないので一度 https://・・ をはずして、http://・・に戻してみた。
そうすると読むことはできるが、リンクで飛ぶたびに https://・・ のsをはずさなければならない。
不便だ。
どうにもならんので悩んでいる。
サイトが正常に動くというのは、精神の安定に必要なんだな。
何かいいことが起こるための前兆だと思って凌ぐしかない。