No.05200 24.04.25 うまい文章

「この文章、うまいと思う?」
そう聞かれるとたいてい答えに困る。
文章の巧拙にはいろんな尺度がある。
すべての尺度をクリアする文章はないと言っていいだろう。
例えば、物理学者が書いた文章があったとしよう。
内容は専門性の高いもの。
近い分野の科学者ならスラスラと読めるかもしれない。
でも、専門知識が欠けている人にとってはとても読みにくい文章になるだろう。
つまり、読者が変われば、その文章の巧拙の基準も変わる。
そこで言われるのが「一般的読者にとって」という言葉。
これもまた難しい。
一般的読者ってどんな読者だろう?
雑誌の場合は「その雑誌を買うような興味・関心を持っている人」と、ぼんやりとではあるが読者を想定できる。
例えば車をテーマにした雑誌なら、「馬力」「トルク」「ホイールベース」なんて言葉は何の説明もせずに使うことができる。
でも女性誌にこれらの言葉を使うときには多少の説明が必要だろう。
だから、「僕にとってのうまい文章」は、スラスラと読める文章であるが、それが果たして他人にとっても読みやすい文章かどうかは、その人による。
そこで一般読者向けの文章は「中学生でもわかる文章」を書きなさいと言われることがあるけど、それだと説明がくどくなって読みにくくなることがある。
本当にうまいと感じる文章は、僕個人に当てられた手紙やメールで、何の澱みもなく読める文章が届いたときには「うまいな」と思う。
それはつまり書いた人が、僕の興味や理解していることをある程度把握していて、僕のために書いてくれた文章だから。

No.05199 24.04.24 音楽のはたらき

僕はデヴィット・バーンやトーキング・ヘッズの曲をほとんど聞かなかった。
興味がなかった。
ところが、「アメリカン・ユートピア」を見てショックを受けた。
あんな演奏の方法があるのかと。
過去の映像を見ると、デヴィット・バーンはトーキング・ヘッズの頃から似たことをしていた。
それが技術の進化と、表現の深化で、まったく別物のように見えてきた。
彼が何を考えて音楽を作っているのか、知りたくなった。
でも、そのインスピレーションに導かれるようなアクションを、僕は何も起こさなかった。
「アメリカン・ユートピア」をみて一年以上がたち、忘れかけた頃にアマゾンで「おすすめの本」にデヴィット・バーンが書いた『音楽のはたらき』という明るいオレンジ色の本が表示された。
カスタマーレビューに何も書かれてないので、ちょっと不安だったが衝動的に買った。
届いた本を見て「なんでこの本を買ったのだろう?」と思ったが、読み始めると止まらなくなった。
最初の章は「逆からの創造」と題されて、演奏される場が音楽を作ることについて書かれていた。
その中に、チチェン・イッツァーのピラミッドの前で手を叩く話が出てきた。
10年ほど前にそこで僕は手を叩いた。
鳥の鳴き声のような音が反射してきた。
そのことについて「神聖な鳥ケツァールの鳴き声だ」と書かれていた。
それを知れただけでも僕にとっては天啓だ。
まだ読み終わってないこの本。
不思議な牽引力をずっと堪能したい。

No.05198 24.04.23 書いてはいけない

森永卓郎氏の『ザイム真理教』『書いてはいけない』を読んだ。
末期の癌だと言われて、死ぬ前に書くべきことを書こうと決死の覚悟で書いたという二冊の本。
日本人はみんな読むべきだと思う。
そして何を思うのか。
この二書をネタにして「昼間でも聴ける深夜放送コンブラジオ」でお話ししました。
素人のYouTubeですが、この番組はもうすぐ再生回数1000回になります。
普段の数倍のアクセス数になりました。
もしよかったら、あなたの意見も聞かせてください。
https://www.youtube.com/watch?v=CruzExdS8-0

No.05192 24.04.14 皇帝ペンギンの子供たちが15メートルの崖を飛び降りる

200羽以上の皇帝ペンギンの子供たちが行進してきて断崖にでくわしたとき、彼らが海に飛び降りる様をナショナル・ジオグラフィックが撮影したものをYouTubeで見た。
はじめはみんな立ち止まってしまうが、一羽が飛び降りるとうしろのペンギンに押されるようにして次々と飛び降りていく。
新しい世界に一歩踏み出すさまは人間もペンギンも似ている。

No.05183 24.04.05 ちいちゃんのかげおくり

青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』に『ちいちゃんのかげおくり』という童話のことが書かれていたので読んでみた。
戦争の話ではあるが、その悲惨さをあまり直接は書いていない。
主人公のちいちゃんが家族と一緒にした「かげおくり」から始まり、空襲で逃げ惑う姿を描き、最後にもう一度「かげおくり」をして終わる。
最後の「かげおくり」は、特別な意味が付与されている。
「かげおくり」とは、ちいちゃんのおとうさんが出征する前日に教えてくれた遊びでした。
空が青くて日がよく射す日、影をじっと見つめて、十数えてから目を青空に向けると、青い空にぼうっと白い影が浮かび上がるという遊びです。
子どもたちの感想が『言霊が実現する瞑想読み』に載っていて、興味を持った。

No.05175 24.03.21 古文の朗読

YouTubeに古文の朗読を女声でしているものがあった。
その響きを聞いているとなんとも心地よい。
意味を深く考える前に、その響きでホッとさせられる。
その心地よさが意味を厳格に追うことを忘れさせる。
多少わからなくても「ま、いいか」という気にさせる。

No.05169 24.03.12 ONUKA

ウクライナ語で「孫娘」。
そういう名のエレクトリック・フォークバンドがある。
YouTubeではじめて見て聞いた。
いろんなイメージが浮かんでくる。
止めどない感情。
YMOが国を超えて進化した、そんな感じ。
シンセサイザーはもちろんだけど、リコーダーやウクライナの伝統的と思われる楽器が登場する。
原発や連鎖、そして戦争など、それぞれの曲に深いテーマが潜んでいる。
https://www.youtube.com/channel/UCp3u6S6oDEpVrkA7zmUQxvg

No.05168 24.03.11 偶然の連鎖

不思議な偶然の連鎖はときどきやってくる。
先日『本屋、ひらく』という本を読んだ。
個性的な書店を開店した人たちのエッセイ集。
その中に荻田泰永さんが書いた冒険研究所書店の話が載っていた。
荻田さんには2010年に会ってお話を聞いた。
その内容は「水のきらめき」にある。
当時は何度も北極に行き、北極点無補給単独徒歩到達の準備をしていた。
その後、それに成功した。
懐かしいなと思っていたら、数日後に荻田さんからイベントの案内が来た。
「冒険クロストークvol.20」と題され、ゲストスピーカーが河野通和さん。
これは行かなければと申し込んだ。
河野通和さんはかつて婦人公論の編集長だった。
そのときに僕のインタビュー記事を掲載していただいた。
当時編集担当だった三木哲男さんに引き合わせていただき、ご挨拶をさせていただいた。
2004年1月ごろだった。
その後、河野さんは「考える人」の編集長になる。
中身の濃い雑誌で、ほぼ毎号読んでいた。
20年ぶりにご挨拶できると思い、イベント会場へ。
イベントが終わり、河野さんの元へ。
「考える人」をずっと読んでいたと伝えると、河野さんは「そう言えば、〇〇という本を先日読んだんだよ」と答える。
驚いた、その本を僕も二週間ほど前に読んでいた。
その本は、40年も前に出版されたものだったのに。

No.05165 24.03.08 There must be more to life than this

動画が送られてきた。
フレディ・マーキュリーとマイケル・ジャクソンのデュエットの映像。
素敵な歌だったので、翻訳してみた。

もっといい人生があるはず。
こんなことのために生きてるんるんじゃない。
愛のない世界でどうすりゃいいのさ。
傷ついた心を癒して、
泣いてる人たちの世話をするしかないのか。

もっといい人生があるはず。
見た目以上に素晴らしい。
黒か白かなんて問題じゃなく、
いのちには無限の可能性が息づいているはず。

なんでこの世には憎しみが渦巻いているんだ。
人はそこかしこで死に、
僕たちが作り上げてきたものを自らの手で壊し、
たくさんの人が人権を守ろうと死に、
そんなことに対して仕方ないと言うしかないのか。
「これが人生さ」と。

殺し合いよりもっといい人生があるはず。
僕たちが生き延びるために。
愛で満たされた世界で暮らしたい。
そうすりゃみんな平和でいられる。

もっといいいのちの活かし方があるはず。
こんなことのためにいのちはあるんじゃない。
愛で満たされた世界を願って生きる。
もっといい人生があるはず。

人生はもっと素晴らしく、
いのちは可能性に満ちている。
もっといい生き方が必ずある。
それを一緒に生み出そう。