No.05427 25.09.07 鳩居堂

熨斗と水引が必要となった。
神社の奉納に使うので知識がない。
銀座の鳩居堂に行って「これこれこういうものを奉納するのだが、どういう熨斗や水引を使うべきか」と質問した。
すると女性店員が色々と答えてくれる。
ああかこうかと相談に乗ってくれて、最終的に落ち着いた先は熨斗紙をかけること。
予備にもと思い、三枚買ったが、50円しない。
定員さん一人が10分弱かけて売り上げが50円では困るだろう。
「丁寧な対応ありがとうございました」とお礼を言って、巻紙二本を余計に買った。

No.05426 25.09.06 江島杉山神社

10年ほど前に一度だけ行った神社をふと思い出した。
また行ってみようかと思う。
徳川綱吉の宿病を癒し、関東惣録検校職に命ぜられた杉山和一が綱吉から「何が欲しい」と聞かれ、「ひとつでいいから目が欲しい」と答えたら、本所一ツ目の土地をもらったという。
そこに江ノ島から勧請して神社を建立した。
江ノ島の洞窟を模した洞窟も作られた。
https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/p3709/

No.05425 25.09.05 スーフィーの物語

昨日の気持ちいいものを書いて、久しぶりに「スーフィーの物語」を読みたくなった。
いろんな精神的な教えとなる物語が書かれている。
多視点の価値を伝えるものもあり、ときどき読み返したくなる。
でも、アッタールの「鳥の言葉」を買ったまま積読状態だよなとも思う。

No.05424 25.09.04 旋回舞踊

はじめて目の前で旋回舞踊を見た。
踊り手は柚楽弥衣さんの Cosmic Chant に合わせて旋回舞踊を披露した。
ただただ速い速度で回り続ける。
まわりながら腕を伸ばしたり縮めたりしていく。
普通の人ならすぐに目が回ってしまうだろう。
彼女は黙って回り続ける。
相当な時間回り続けるので、その酩酊した感覚がこちらに乗り移ってくる。
元はスーフィーのメヴレヴィ教団の舞踊。
スーフィーとして高名なジャラール・ウッディーン・ルーミーが始めた。
「神のなかへの消滅」を求めて踊る。

No.05423 25.09.03 ことのは

「ことのは」に漢字を当てると「言の葉」となり、言葉の古語だが、「事の端」という字を当てることもあると何かで読んだ。
折口信夫かなとも思ったが、折口信夫事典には出てこない。
ネットで検索しても出典がわからない。
AIが出典として考えられる古典作品として、「徒然草」と「源氏物語」をあげた。
しかし双方とも「事の端」という言葉が出てくるのではなく、似た言葉から語源としているので、どうもしっくりしない。
でも、「ことのは」はまさしく「事の端」、つまりできごとのきっかけであり、その一端でしかない。
このことを心得ていた日本人だからこそ、和歌や俳句を生み出したのではないか?

No.05422 25.09.02 五本のスピーカーに囲まれる

Bluetoothに繋がれた五本のスピーカーの間に入った。
中心からは ずれていた。
ある曲を聴いていると、音程によって聞こえてくる場所が変わる。
ある音は右から聞こえ、別の音は後ろから聞こえたりする。
モノラルで流しているのに。
なぜだと考えると当たり前のことである。
音の高さによって干渉の度合いが異なるのだ。
だから聞こえてくる方向が変わるように感じる。
面白いなと思った。

No.05420 25.08.26 音楽を作る

DTMを再開した。
ほぼ十年ぶり。
今回はある有名な曲をコピーする。
コード譜をネット上で手に入れたが、原曲と調が違う。
調を直してもコードが少し違う。
原曲を聞きながら手直ししていくのがなんか楽しい。
音楽を作るのって、夢中になってしまう。

No.05419 25.08.18 苦虫噛み潰した老人

どうも自分が苦虫噛み潰したような老人になってきたように感じる。
からだは軽やかには動かないし、話す速度も落ちているし、血管詰まって快活ではない。
いつも不機嫌な顔しているような気がする。
笑うしかないな。

No.05418 25.08.08 見送ること

人が行き交う通りに立ち、誰かの進行を止めるのはよくないことと思う。
それが親族友人でも、それが流れであろうと意図的てあろうとも。
行く方向が絶対的な悪であったり破滅であっても、本当の本当にそれが絶対的と誰がいえよう。
少なくとも僕には言えぬ。
絶対的な善を見たことがないから。
どんな愛も、多少の過ちを含むから。