浅草寺に行くと「染め絵てぬぐいふじ屋」に寄りたくなる。
30年ほど前、はじめて連載をもたせてもらった月刊誌に、日本の伝統美についてのコーナーがあった。
「日本の美」と題されたその原稿もときどきまかせてもらった。
確か二度目くらいのインタビュー相手が、ふじ屋さんの初代川上桂司さんだった。
そこで知る江戸時代の手ぬぐいのデザインに魅了された。
以来、浅草に行くとお店を覗く。
行くたびに一本ずつ手拭いを買ってきた。
目鯨 https://www.instagram.com/p/CTuL0MihA0I/?img_index=2
いとし藤 https://www.instagram.com/p/CM6EhgWg8Gn/
京伝てぬぐい https://www.instagram.com/p/CTq_7PHlbqS/?img_index=1
など。
どれも江戸時代から伝わるデザインの手拭い。
今回も寄って一本買った。
それが「月の夜」。
お店でたなごころに載る程度の大きさにたたまれた手ぬぐいは、紺地に白い丸だけが見えていた。
それを見て「これは月だ」と直感した。
なぜ月だと思ったのか。
月にうっすらと雲がかかっていたのだ。
たたんだ手ぬぐいを開いていくと雲の正体がわかった。
細長い手ぬぐいには縦長に置いたとき、上に月、下は静かな水面で、そこに映しだされた月の明かりがゆらゆらと揺れていた。
その揺れが、たたんだときに月の裏側から透けて見え、それを雲だと思ったのだ。
なんと粋な。
あとで知るが、これはふじ屋さんの三代目川上正洋氏がデザインしたそうだ。
買わずに帰るわけにはいかなくなった。
No.05146 24.02.10 人でいっぱいの浅草寺
浅草寺に行ってきた。
いろんな言葉でいっぱいだった。
いろんな国の人たちでいっぱいだった。
いろんなところで記念撮影するので歩くのに苦労した。
和服を着た外国人、
ムスリムの服を着た人、
カップルで何語かわからない言葉を話している人々、
寺社でのお参りの作法を全然知らない人、
そんな人達がお参りしようとするので、
列がなかなか進まなかった。
でも、みんな幸せそうで楽しかった。
幸せになって、平和になろうね。
No.05145 24.02.05 雪の結晶
雪の結晶は121種類あると言われている。
水の分子構造のためにそうなるのだとか。
分子構造を肉眼で見ることはできないが、それが積み重なって現れてくる結晶の形は目に見える。
目に見える全てのものが分子の積み重ねでできているから、当たり前と言えば当たり前だが、同じ水分子が重なり合ってできる結晶が121種類もあるのが不思議。
同じ分子が積み重なって、そんなにたくさんの種類の形が表れてくるって、他の物質にもあるのかな?
No.05144 24.02.04 ドーキンスが語る飛翔全史
『ドーキンスが語る飛翔全史』という本を読んでいる。
テーブルに置いてコーヒーを淹れていたら相方が「どうして鳥って飛べるようになったの?」という。
その質問に真面目に答えるには、一冊の本をきちんと説明しなければならない。
いや、この一冊を全て説明しても謎が残るだろう。
以前ダイビングしたときに、上を泳いでいく魚の群れを見たことを思い出した。
まるで鳥が空を飛ぶように泳いでいた。
人間の常識からは知りようのないことを生命はやり遂げていく。
それは、人間が駆使する言語的知識で動いている訳ではないからだろう。
言葉を超えた何かに想いを馳せる。
No.05143 24.02.02 速く歩く
大股でサッサと歩くのが好きだった。
それが入院して以来、サッサとは歩けなくなった。
少しずつ快復しているが、まだ以前のようには歩けない。
でも、思い出しつつある。
No.05142 24.01.31 曖昧な境界
生きていることを考えるとき、いろんなことの境界は曖昧になる。
だからと言って、死ねば境界がはっきりするかというと、そういう訳ではない。
境界をはっきりさせることは、幻想を生み出すのではないか。
境界を示すために言葉を使う。
それが理由かもしれない。
生命はずっと、言葉を使わずに生きてきた。
魚も両生類も爬虫類も鳥類も哺乳類の多くも、言葉は使わずに生き続けてきた。
それが、なぜか人間が、言葉を生み出した。
言葉があると便利である。
なんでもわかった気になれる。
その理解が正しくないかもしれないのに。
単なる誤解も正しいと思うことで流布される。
歴史を見れば、人間は誤解を積み重ねてきたことがわかる。
現代の知識でその誤解を解いたと思い込んでいる。
どの時代に生きた人間も、そのときどきの知識が一番正しいと思っていたはず。
現代の知識も、時が経てば、笑いぐさにされるのかもしれない。
でも、一握りの真実が、言葉にもあるはず。
それは確実に伝達され、僕もそれを利用している。
にもかかわらず、それを言葉にするのは難しい。
生命が長いあいだ生きてきたのに、遺伝情報がどんなものかを正しく認識できないのに似ている。
No.05141 24.01.29 シェア型書店
先日、茅ヶ崎駅そばにある「とまり木」というシェア型書店に行った。
「読書会をやるから来て」というお誘いがあっから。
面白いシステムの本屋さんだと思って調べると、東京にも何軒かすでにある。
どこかでオーナーになってみようかな。
No.05140 24.01.28 タコ焼きパーティー
関西人は年に何回かやるというタコ焼きパーティーをしてみた。
具材としてタコのほかに、こんにゃくや天かす、ネギ、紅生姜などを用意してもらい、小麦粉を出汁で溶かして作ってみる。
慣れるに従って丸い美味しそうなタコ焼きができてきた。
美味いだとか、作り方が下手だとか、あーでもないこーでもないと言い合いながら盛り上がる。
No.05139 24.01.27 金子みすゞ伝
友人に誘ってもらって神田京子大独演会に行ってきた。
演目は「金子みすゞ伝〜明るいほうへ」。
笑点に出演している春風亭一之輔が前座で、1100席あるという有楽町よみうりホールが満席でおこなわれた。
講談を1000人規模でやるなんてすごいなと思ったが行ってよかった。
落語と講談が素晴らしかったのはもちろんだが、最後に矢崎節夫という童謡作家が登場して、どのように金子みすゞの遺稿集に出会ったかをうかがった。
運命の巡り合わせというものがあるんだなと思い感激した。
No.05138 24.01.23 江の島
江の島はかつて橋ができるまでは、干潮のときだけ歩いて行ける島だった。
そのような場所は寺院ができやすい。
例えば、フランスのモン・サン・ミッシェル。
バリ島にはタナロット寺院がある。
潮汐の力で行ける場所。
その不思議な力に人々は神を見たのだろう。
江ノ島縁起という古文書には欽明天皇13年(西暦552年)に江の島ができたという記述があるそうだ。
江の島ができるまではその辺りは五頭龍が悪さをして、山崩れや洪水を起こしていたという。
江の島ができると一緒に天女が降りてきた。
その美しさに五頭龍は求婚するが、天女はそれまでの五頭龍の悪行を知っていて断る。
五頭龍は心を入れ替えて、村人たちの助けになることをたくさんして天女と結ばれたそうだ。
おそらく江の島ができたことで、地盤が隆起し、そのあたりの土地が以前より安定したのだろう。
関東大震災のときにも、江ノ島の一部が隆起したことが知られている。

