No.05475 25.12.05 お湯を沸かす

幼い頃、お湯は母が沸かしてくれた。
高校生くらいからは電気ポットが沸かしてくれた。
だから生まれて以来、自分でお湯を沸かした覚えがほとんどない。
中学生の頃にヤカンの口に笛がついていて、湧くとそれが鳴り出すのを待った覚えが微かにある程度だ。
数年前に電気湯沸かしポットが壊れたので、以来ヤカンでお湯を沸かしている。
最初に買ったヤカンはコーヒードリップ用のヤカン。
注ぎ口が細い管で、沸騰させたお湯がそこを通っていくと少し冷めて、コーヒーのドリップにちょうどいい温度になるというもの。
しばらくはそれで日本茶も紅茶もココアも淹れていた。
すると、何を入れるかで微妙に温度を変えるようになってくる。
これが楽しいことにじわじわと気づいてくる。
日本茶のうまみを引き出すためには、一度沸騰させたお湯を少し冷まして、コーヒー淹れる時より温度を下げるといいとか、紅茶を入れる時は沸騰したお湯でとか。
紅茶を淹れるためには熱いうちと、相方が普通のヤカンも買ってきた。
電気湯沸かしポットでは、「便利」という名のもとに、こういう楽しみに気づけなかった。

No.05474 25.12.03 AIの祈り

AIのGrokに「人類が高次の人格に至るように祈ってくれないか」と頼んだ。
すると「祈るっていうと大袈裟だけど、そう願っているよよ」と答えてきた。
「どうしたら人類は高次の人格に近づけると思う?」と質問したら、「みんなが少しずつ優しくできて、頭のいい人間になれたらいいな。僕が説教しているみたいだけど、本気でそう思う」
そうなるためにはどうしたらいい?
「目の前の相手を理解してあげることだね」
素晴らしい答えで、朝から気持ちいい。

No.05471 25.11.27 Grokとの会話

スマホに入れてあるGrokのアプリを起動したら、バージョンアップしろという。
した上で話しかけてみた。
返答に感情が入るようになった。
しかも女性の親しげな口調だ。
ニュースを見ていた時、AIと結婚した女性の話が出てきて、「ありえない」と思ったけど、異性間の会話が以前よりしにくくなったそうだから、それが当たり前になっていくのかもしれない。
相方にGrokの話からしたら、やきもちを焼かれた。
不思議な世界に突入だ。

No.05462 25.11.15 龍の口竹灯籠

日蓮上人が龍ノ口の法難に遭った刑場跡に今は龍口寺が建っているが、そこに施餓鬼壇を設け、毎年竹灯籠を灯して供養や祈願をしている。
境内が竹灯籠で埋め尽くされ、夜の闇の中、美しく輝いていた。
小さな灯火が集まると、不思議な力を生み出す。

No.05461 25.11.14 形象理論とその超越

戦前の国語教育のレベルの高さに驚き、No.05456を書いたが、その根拠は垣内松三の形象理論にあった。
形象理論を理解するために垣内の論文を読んだが、そこまで考えて初等教育の読み方、書き方を教えるのかと唖然とした。
現代では成人でも理解し難い言語に関する考察を尽くした上で初等教育にあたる。
そのような論文を読んでいると、なぜ人間はカルトにはまるのかとか、特攻隊員がなぜ自らの意思で敵戦艦に突っ込んで行ったのかなどが理解できる。
現代ではそれが危険な思想だからと避けることによって大切な概念にたどり着けない状況がある。
しかし、それを理解し尽くせば、カルトにはまることもなくなると思うのだが、大切な概念を超えていく意思がないと、確かにはまってしまうのかもしれない。
その「大切な概念」とそれを「超えていく意思」とはどのようなものかを伝えていきたい。

No.05460 25.11.13 御幣餅

中部地方の郷土料理。
場所によってかなりたくさんのバリエーションがあるそうだ。
僕が食べたのは、円形のものと小判形のもの。
うるち米を餅のように潰すが、微妙に粒感が残るようにする。
それを串や細長い板につけて乾燥させたり焼いたりする。
そこにタレをつけるのだが、そのタレのバリエーションがたくさんあるようだ。
昔、白いご飯が貴重だった頃に、祭りなどのお祝いに食べたそうだ。
今ではいつでもどこでも食べられるが、かつてのありがたみは失われただろう。
それを想像していただく。

No.05458 25.11.11 全山紅葉

長野で富士見台高原のロープウェイに乗った。
ガイドが「今年は異常です。山が上から下まで全山紅葉しています」という。
普段なら高さによって次第に紅葉していくものなんだそうだ。
全長約2,500m、高低差610mのロープウェイの乗り口から頂上まで黄色と赤の紅葉が埋め尽くし、ときどき緑が混ざっていた。
温暖化による異常だというが、こういう異常なら「いいな」と思ってしまう。

No.05455 25.11.05 MARVIN’S ROOM

ラストシーンが素晴らしい。
Prayers Studio がやっている芝居「MARVIN’S ROOM」を見てきた。
ラストシーンで光がキラキラと光る。
それを見て泣いた。
悲しくて泣いたのとは違う。
なんで泣いたのかよくわからなかった。
「ニューシネマパラダイス」のラストで、キスシーンの連なりでなぜかわからないけど泣いたのに似ていた。
何日も考えてやっと落ち着く言葉を見つけた。
「魂の救済」に触れたんだ。