No.05017 23.07.07 初・・・

初めてやることはなんでもちょっと嬉しい。
新しいサイトからこのメールマガジンを出すという簡単なことでもなぜかワクワクする。
でも、5,000回もやっていると飽きてくるのは仕方ないこと。
飽きるということがどういうことかを感じて、初々しさを保持するのは一体どうすればいいのか?
死ぬまで探求かな?

No.05014 23.07.04 風の又三郎

宮沢賢治の作品を読んでいる。
今朝は「風の又三郎」を読んだ。
僕が小学生の頃、母が「風の又三郎」の本を買ってくれた。
少し厚い本だったから、宮沢賢治の作品が何作か入っていたのだと思う。
その本は箱に入っており、箱から出したときの表紙の風合いを覚えている。
ところが、その本の内容は全然覚えていない。
母に「読んだ?」と聞かれ、「読んでない」と答えたことを覚えている。
以来、ずっと宮沢賢治の本は読んでこなかった。
敬遠していたと言ってもいいかもしれない。
今朝「風の又三郎」を読んで、なぜそうだったのかがわかった。
思いがけない発見だ。
風の又三郎の冒頭にこういう文が出てくる。

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

これを読んだときはなんとも感じなかった。
ところが、この作品の終わりにもう一度同じように登場する。

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう

最後の一行がリフレインされている。
これを読んでなぜ僕が宮沢賢治を読まなかったのかが理解でき、同時に涙が流れた。
僕はこの言葉を記憶の底に留めていた。
母が「読んだ?」と聞いたとき、実は僕はすでにその本を読んでいた。
だけど「読んだ」と答えなかった。
なぜか?
「読んだ」と答えたら、必ず母は感想を聞いた。
ところが、なんと答えていいのか分からなかったのだ。
何かが心に引っかかったが、それが何かうまく説明できなかった。
それが説明できないから、読んでないことにした。

記憶って不思議だなと思う。
小説の冒頭を読んでも何も思わなかったのに、終わりになって出てきた、ほとんど同じフレーズを読んではじめて、消した記憶を思い出した。
還暦を過ぎてこれを知ることに深い意味を感じる。
その意味が何かは、とても長い話になるので、いつか別のところで発表する。

No.05009 23.06.28 じょうよまんじゅう

和菓子屋さんで「じょうよまんじゅう」を買った。
うちに帰って相方と食べようとして「じょうよまんじゅう」と言ったら、相方が「じょうようまんじゅうでしょう」という。
「いや、じょうよまんじゅうだよ」
「いや、上に用いると書いて上用饅頭だよ」と言い争う。
結局、どちらも間違いではないことがわかる。
じょうよまんじゅうの「じょうよ」は「薯蕷」と書き、大和芋、山芋、つくね芋たちを「薯蕷」と呼び、それらを饅頭の皮に用いたものを薯蕷饅頭と呼んだそうです。
一方で「上用饅頭」は、高貴な人が食べるお菓子ということで、かつて高級な饅頭をそう呼んでいたことがあるとか。
勉強になりました。

No.04999 23.06.14 白鷺

箸墓古墳の白鷺について書いたら、水無神社の白鷺を思い出した。
水無神社の例祭では、拝殿前の広場で氏子たちが鉦を鳴らしながら舞う。
そのとき、本殿裏の大木の上に白鷺が止まった。
神事が始まると、「私の居場所はここ」とばかりに、広場の舞を見下ろしていた。

No.04992 23.06.05 踏切の音

目の前にいたらうるさいかもしれないけれど、少し離れたところに聞こえてくる踏切の音はいい。
特に真夜中、静寂の中を、遠くから聞こえてくる踏切の音はなんかいい。
「みんなが元気に生きている」って感じがする。

No.04991 23.06.04 内面のヴィジョン

二十代の頃にはじめて瞑想をした。
その時に「ヴィジョンを見ろ」と言われたが、何のことやらさっぱりわからなかった。
ヴィジョンなどというものは見えなかった。
以来瞑想を続け、見れるようになったが、最近は歳のせいか、ヴィジョンを見ながら寝てしまうことがある。
ヴィジョンがそのまま夢になってしまう。
気持ちいいからいいんだけどね。

No.04987 23.05.31 もうすぐ5000回

日刊 気持ちいいものが、もうすぐ5000回になる。
普通に考えれば嬉しいところだが、あまり嬉しくないのが本心だ。
5000回の頃に何か個展のようなイベントをおこなおうと思っていた。
その準備を四年くらい前から始めていたが、一昨年の末に体調を崩して入院してしまった。
個展の準備は頓挫した。
ここ数日、日刊 気持ちいものが書けない理由はそこにあると思い、ここに吐露する。
自分がやると言っていたことができないことはとても気持ちが悪い。
これからも気持ちいいものを書き続けるためにこれを書いた。
失敗の宣言だ。
5000回を超えて、一万回を目指す。
精神の変容を見つめるために。

No.04976 23.05.09 配牌前の雑音

夜にベランダで静寂を聞く。
昔の夜はもう少し雑音があったような気がした。
どんな雑音かと思い出す。
夜に住宅街を歩いていると、どこかから麻雀の牌を混ぜるジャラジャラという音が聞こえた。
最近は聞いてないなと思う。
自動で静かに配牌されてしまうからかな?