この季節になるとあなたのことを思い出す。
毎年のように実をつけてくれた庭にあった枇杷の木。
肥料も何もあげなかったから、妙に酸っぱいその味。
でも、それが好きだった。
普通に売られているどんな枇杷も、あなたの味には敵わない。
幼い頃に食べた枇杷の種を庭に吹いたら木になった。
20年ほどして実をつけた。
四十過ぎで引っ越すとき、あなたを連れて行くことはできなかった。
今でもそれを悔いている。
ごめんね。
No.05207 24.05.10 奇跡的なこと
ある人に「奇跡が好きなんですね」と言われた。
好きなのかなぁ?
ときどき「そういう話って気持ち悪い」という人がいる。
そういう人には奇跡的なことが起きないのかな?
起きてもきっと気持ち悪いので忘れるのかな?
好きかどうかはわからないけど「そんなこと、起こるわけないでしょう」ということがときどき起きる。
あまりにも不思議なのでその話を誰かにする。
それって、僕が好きだから起こしているのだろうか?
無意識の作用で?
もしかしたら、そうかもしれない。
だって、そういう話にワクワクするから。
No.05200 24.04.25 うまい文章
「この文章、うまいと思う?」
そう聞かれるとたいてい答えに困る。
文章の巧拙にはいろんな尺度がある。
すべての尺度をクリアする文章はないと言っていいだろう。
例えば、物理学者が書いた文章があったとしよう。
内容は専門性の高いもの。
近い分野の科学者ならスラスラと読めるかもしれない。
でも、専門知識が欠けている人にとってはとても読みにくい文章になるだろう。
つまり、読者が変われば、その文章の巧拙の基準も変わる。
そこで言われるのが「一般的読者にとって」という言葉。
これもまた難しい。
一般的読者ってどんな読者だろう?
雑誌の場合は「その雑誌を買うような興味・関心を持っている人」と、ぼんやりとではあるが読者を想定できる。
例えば車をテーマにした雑誌なら、「馬力」「トルク」「ホイールベース」なんて言葉は何の説明もせずに使うことができる。
でも女性誌にこれらの言葉を使うときには多少の説明が必要だろう。
だから、「僕にとってのうまい文章」は、スラスラと読める文章であるが、それが果たして他人にとっても読みやすい文章かどうかは、その人による。
そこで一般読者向けの文章は「中学生でもわかる文章」を書きなさいと言われることがあるけど、それだと説明がくどくなって読みにくくなることがある。
本当にうまいと感じる文章は、僕個人に当てられた手紙やメールで、何の澱みもなく読める文章が届いたときには「うまいな」と思う。
それはつまり書いた人が、僕の興味や理解していることをある程度把握していて、僕のために書いてくれた文章だから。
No.05198 24.04.23 書いてはいけない
森永卓郎氏の『ザイム真理教』『書いてはいけない』を読んだ。
末期の癌だと言われて、死ぬ前に書くべきことを書こうと決死の覚悟で書いたという二冊の本。
日本人はみんな読むべきだと思う。
そして何を思うのか。
この二書をネタにして「昼間でも聴ける深夜放送コンブラジオ」でお話ししました。
素人のYouTubeですが、この番組はもうすぐ再生回数1000回になります。
普段の数倍のアクセス数になりました。
もしよかったら、あなたの意見も聞かせてください。
https://www.youtube.com/watch?v=CruzExdS8-0
No.05193 24.04.15 父の命日
昨日は父の命日だった。
父は時々ひょっこりと現れる。
夢に出てきたり、思いがけないときに父の書いた本に出会ったり、何の関係もないはずの場所で不意に思い出したり。
そういうときは、父からのメッセージだと思うようにしている。
No.05182 24.04.02 覚知する心
青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』を読んだ。
青木先生は茅ヶ崎市立東海岸小学校の初代校長で、加山雄三さんに校歌の作曲を依頼した先生。
子どもたちの覚知する心をどのように育てるかについて書いている。
書かれた内容を覚知した子どもたちは、感想を豊かに語り始める。
No.05178 24.03.25 声字実相義
30年ほど前、あるきっかけでヒーリング・ライティングを始めたが、ある高僧から助言をいただく機会を得て質問した。
その高僧は「声字実相義を読みなさい」と答えた。
一度読んだだけではよく意味がわからなかった。
二度三度と読んで、少し意味がわかった。
読むたびに意味が深くなる。
二、三年前にやっと理解したことが、すでにここに書かれていた。
No.05176 24.03.22 見つめられ
あなたの瞳に見つめられ
自分の名前を忘れてしまう。
あなたの瞳に見つめられ
恐れが何かを忘れてしまう。
あなたの瞳に見つめられ
なぜここなのかを忘れてしまう。
大きな瞳
深いその声
情の波が伝わってくる。
あなたの瞳に見つめられ
呼吸の価値を思い出す。
あなたの瞳に見つめられ
忘れた喜び思い出す。
あなたの瞳に見つめられ
命のつながり思い出す。
手をつなごう
ずっと心をつないできた
それを思い出すべきときがきた。
__マウイ島ラハイナの
ホエールウォッチングを思い出して
No.05171 24.03.14 みんな違うことをする
ヒーリング・ライティングをしていたおかげで、人はみんな徹底的に違うことに気がついた。
なにしろ使う言葉もみんな違うのだ。
言葉自体は同じでも、それに込めている思いや、そこから連想するもの、そこから湧いてくる感情など、みんな違う。
だけどもなぜか「みんな一緒だ」と思いたがっている。
それはきっと仲間外れにはなりたくないから。
なぜそうなったのかというと、そう思い込むように教えられてきたからではないか?
みんなそれぞれ「違ってもいい」ことを突き詰めていくと、自然と役割が個性化していき、やるべきことが現れてくるのではないか?
そうやって、以前には見えなかった役割分担が自然とできあがるのではないか?
そののちに、勝手に新しい繋がりができて、しかも各自がしたいことをしたいときにするようになっているのではないか?
それは単細胞生物が集まり群体をなし、そのうちに多細胞生物のようになって行ったのと同じように。
その結果、ピラミッド組織のように窮屈なシステムから、緩やかにつながり合う流体のような、ボルテックスのような、トーラスのような繋がりができるのではないか?
No.05166 24.03.09 水平線の上の希望
水平線は単なる線じゃないのよ。
彼女はつぶやいた。
どこまでも遠くにある海が、私には線に見えるだけ。
そこには風が吹き、白波が立ち、海鳥が渡り、魚が飛び跳ねている。
それが線に見えるだけ。
線に見えるけど、無限や永遠に繋がっている。
見尽くすことはできない、可能性の宇宙。
彼女の指先にも、無限や永遠が宿っている。

