時々非常識なことを考えると面白い。
いろんな非常識があるだろうけど、クスリと笑えるような非常識がいい。
どんなことか?
あなたの楽しみを奪わないように、ここには書かない。
No.05497 26.02.04 ケルン・コンサート
キース・ジャレットの名盤。
ずっと昔に一度ここに書いたかもしれない。
YouTubeに「1975年のケルン・コンサート」という映画のCFが出てきた。
ケルン・コンサートを企画したのは実は18歳の女性だったそうだ。
あの名演奏を生み出した舞台裏。
それはそれで面白そうだが、ケルン・コンサートを久しぶりに聞きたくなり聞いた。
この切ない感じはなんだろう?
大学生の頃、ジャズピアノを習っていた。
その先生に「最近のお気に入りは?」と聞かれ、「ジョージ・ウィンストンです」と答えたら、「ああ、キース・ジャレットのソロみたいなピアノを弾く人ね」と言われ、ケルン・コンサートを聞いた。
似てると言えば似てるかもしれないが、僕には別物に聞こえた。
なにしろケルン・コンサートは完全なアドリブ。
一曲目のメロディの展開が素晴らしい。
ふとした瞬間に、忘れられない面影を思い出すようなリフレイン。
No.05455 25.11.05 MARVIN’S ROOM
ラストシーンが素晴らしい。
Prayers Studio がやっている芝居「MARVIN’S ROOM」を見てきた。
ラストシーンで光がキラキラと光る。
それを見て泣いた。
悲しくて泣いたのとは違う。
なんで泣いたのかよくわからなかった。
「ニューシネマパラダイス」のラストで、キスシーンの連なりでなぜかわからないけど泣いたのに似ていた。
何日も考えてやっと落ち着く言葉を見つけた。
「魂の救済」に触れたんだ。
No.05449 25.10.25 映画「コンタクト」
久しぶりに「コンタクト」を見た。
少し前からどうしても見たいと思っていた。
ラストシーンのコンタクトがなぜ海辺だったのか、二度目にしてはじめて理解した。
宇宙にいる生命体の姿が曖昧なのもいい。
No.05446 25.10.20 オンデマンド
今では当たり前のオンデマンド。
映画でも音楽でも、好きな時に鑑賞できる。
僕が幼い頃には見逃した映画はいつ見られるかわからないものだった。
それがビデオが出回り、レーザーディスクになり、DVDになり、今では所持する必要すらなくなった。
富や平和も、世界中でオンデマンドになってほしい。
No.05433 25.09.20 名画座
友人から「追憶を見た」とメッセージが来た。
ロバート・レッドフォードの追悼のため。
それで思い出したのは大学生の頃に行った名画座のこと。
「追憶」も早稲田の名画座で見た。
古いフィルムで、コマが飛んでいた。
R.I.P.
No.05428 25.09.10 鎌倉高校前駅の踏切
江ノ電に乗った。
昔はガラガラだったように記憶している。
ところが最近は海外から来た人たちがたくさん乗っていて、どこの国の電車かと思うほど。
鎌倉高校前駅を通るとき、あの踏切は今もたくさんの人がいるのだろうかと思ってからだをよじって窓から見ていると、歩道からはあふれるほどの人。
車道にも人がいて、今もこんなに人が集まっているんだと驚いた。
アニメの影響はすごい。
No.05416 25.08.06 羅生門
黒澤明監督の映画「羅生門」を見た。
有名な映画だが、ずっと見る機会がなかった。
多視点をうまく使っている作品としていつか見ようと思っていた。
原作は芥川龍之介の『藪の中』。
ヴェネツィア国際映画祭でグランプリにあたる金獅子賞を受賞した。
それで誰かがヴェネツィア国際映画祭に出品したりそこで受賞したりすると、その度に「羅生門」のことが伝えられる。
受賞したころは敗戦のすぐあとで、湯川秀樹のノーベル物理学賞受賞、古橋廣之進の競泳世界記録樹立などとともに大いに日本人を鼓舞したそうだ。
黒澤監督はこんな言葉を残している。
日本映画を一番軽蔑してたのは日本人だった。
その日本映画を外国に出してくれたのは外国人だった。
これは反省する必要はないか。
浮世絵だって外国へ出るまではほんとに市井の絵にすぎなかったよね。
われわれ、自分にしても自分のものにしても、すべて卑下して考えすぎるところがあるんじゃないかな?
『羅生門』も僕はそう立派な作品だとは思っていません。
だけどあれはマグレ当りだなんて言われると、どうしてすぐそう卑屈な考え方をしなきゃならないんだって気がするね。
当時は理解されにくい作品だったという。
登場人物が殺人事件の証言をする。
みんな少しずつ違う話をしていく。
そして最後に真相が語られるが、なぜそのようになっていたのかを説明するようなシーンはない。
鑑賞者が理解できないと、何の映画かもよくわからなかったのだろう。
それが証拠に脚本段階で映画の意図がわからなかった助監督たちが黒澤監督に詰め寄ったそうだ。
それに対して黒澤監督はこう答えたそうだ。
人間は、自分自身について、正直な事は云えない。
虚飾なしには、自分について、話せない。
この脚本は、そういう人間というもの、虚飾なしには生きていけない人間というものを描いているのだ。
いや、死んでも、そういう虚飾を捨てきれない人間の罪の深さを描いているのだ。
これは、人間の持って生れた罪業、人間の度し難い性質、利己心が繰り広げる奇怪な絵巻なのだ。
現代の人が見ると、そんなに難しい話ではないと感じるだろう。
多くの人の目が、明らかに変わったのだ。
No.05413 25.08.03 阿佐ケ谷バリ舞踊祭
昨晩、阿佐ケ谷バリ舞踊祭でバリ舞踊を鑑賞してきた。
知人が参加していたので様子を見に行ったのだが驚いた。
舞台脇にガムランの楽器セットが置いてあったので、奏者が来日しているのかと思った。
第一部では音源が流され、楽器はお飾りでしかなかった。
「なんだそういうことか」と思ったが、第二部から日本人と思われる奏者たちが演奏し、それに乗って舞踊が繰り広げられた。
第三部では奏者が交代した。
つまり日本にガムラン楽団が二つはあるということ。
二つが可能なら、全国ではもっとたくさんあるのかもしれない。
ガムランの息の合わせ方はよほど練習をしないと可能にはならない。
あれだけ見事な演奏ができる人たちがいるとは、と驚いた。
隣のおじさんが三部の途中で「これは紛い物だ」と言って席を立って行ったが、日本人がやっているんだから紛い物であるのは当然で、でもこのレベルが可能になるなら将来が楽しみになった。
https://asabalidance.wixsite.com/asabali
No.05396 25.06.24 サザンオールスターズ
僕が高校生の頃、サザンはデビューした。
その頃人気番組だったザ・ベストテンに出てきたのが彼らを見た最初だった。
「勝手にシンドバッド」を歌っていったが、スタジオを縦横無尽に使っていた。
歌番組では決められた立ち位置で歌うものだったが、彼らはそれを気にせず、急に変なところに行ってしまうので、スタジオ内の普段では見せてなかったような場所が映し出されてビックリした。
ザ・べストテンではいろんな記憶に残るシーンがあるが、サザンオールスターズがはじめて出てきたときの印象は、他のどんなシーンより鮮やかに覚えている。
当時まだ大学生だった彼らの青さや危うさが深く印象に残った。
当時はこんなに長寿バンドになるとは思わなかった。
「桑田佳祐は頭がいい」と、滅多に人を褒めない親父が言っていた。

