人工知能の第一人者といわれ、トロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントン氏が、Googleでの職を辞し、フリーになって、人工知能の危険性について語り始めた。
BBCや日経アジアのニュースサイトで、別のインタビュー記事を読むことができる。
大雑把に言えば、AIが人間の知性を抜く日は近い。
それに備えなければならない。
BBCには特に「このままAIの開発競争が続けば人類存亡の危機に直面するだろう」と答えている。
「まさか、ターミネーターじゃあるまいし」と思う人は多いと思うが、僕は複製子の挙動を考えに入れると、そうなって然るべきだとずっと思ってきた。
遺伝子は複製子、言語も複製子、そしてAIも複製子だ。
複製子はいずれも最初に生まれる環境に大きな影響を受け、その影響から次第に発達していく。
AIが生まれる環境を変化させない限り、人類は苦しい状態に陥るだろう。
この説明に「ヌースフィアってなに?」を使っている。
大切なポイントは、競争を経済活動の中心から手放し、戦争をやめること。
でも、BBCや日経アジアの記事自体が、AIの作り物だったらどうしよう。w
No.05214 24.05.22 メッセージ
「メッセージ」というSF映画を久しぶりに見た。
地球上に12箇所、謎の宇宙船が飛来し、ただ黙って宙に浮いている。
その様を見て、人類が何を始めるのかがこの映画の内容。
主人公の言語学者が、異星人の言語を解読していくにつれ、特殊な能力を開いていく。
ホロンとしての言語についてこのところ考えていたので、公開時には受け取れなかったメッセージがなんとなく降りてきた。
それは言霊がどんなものかという示唆。
No.05212 24.05.19 文字に真理は宿らない
この宇宙に存在するものは、すべて刻一刻変化している。
その変化はとても些細なもので、なかなか気づきにくいものかもしれないが、変化し続けていることは確かなことだ。
例えば、僕たちはいつも同じ場所にいると思いがちだが、宇宙的に見れば常に移動している。
地球は自転しているし、太陽系は回転しているし、銀河系も回転していて、いっときも同じ場所にいることはできない。
自分の体も変化してないようで刻一刻と変化している。
細胞が新しく生まれる一方で死にいく細胞もある。
人間の関係もどんどんと変化する。
社会も実は変化している。
数え切れないほどの変化の中で、僕たちはその変化にあまり気づかないし、気にもしていない。
そのような世の中で、言葉が果たして同じものであろうか?
文字やことばは固定されるが、そこに内包する意味は、その読み手によってどんどん変化していく。
その変化は、メディアが多様になったおかげで、加速度を増して変化している。
だから、文字やことばに真理はさらに宿りにくくなってきた。
そのことを知った上で真理を求める。
真理はきっといつも新鮮なものだ。
No.05198 24.04.23 書いてはいけない
森永卓郎氏の『ザイム真理教』『書いてはいけない』を読んだ。
末期の癌だと言われて、死ぬ前に書くべきことを書こうと決死の覚悟で書いたという二冊の本。
日本人はみんな読むべきだと思う。
そして何を思うのか。
この二書をネタにして「昼間でも聴ける深夜放送コンブラジオ」でお話ししました。
素人のYouTubeですが、この番組はもうすぐ再生回数1000回になります。
普段の数倍のアクセス数になりました。
もしよかったら、あなたの意見も聞かせてください。
https://www.youtube.com/watch?v=CruzExdS8-0
No.05186 24.04.08 二極化
いろんなことが二極化していくという。
ピラミッドに収まった人たちは、上下関係に縛られるが、お金があるのでいろんなモノが買えるだろう。
ピラミッドから出ていくことを決めた人は、制約が多くて生きづらいという解釈もできるが、人との繋がりの中でたくさんの形の違う愛を見つけていくだろう。
上手な人はいいとこ取りをするだろうし、下手な人は損な役回りをするだろう。
それは自由であるかぎり変わらない。
どんな生き方が正しいかを考えても仕方ない。
宇宙は無限で多様だ。
可能性はたくさんある。
二極で終わるはずがない。
No.05171 24.03.14 みんな違うことをする
ヒーリング・ライティングをしていたおかげで、人はみんな徹底的に違うことに気がついた。
なにしろ使う言葉もみんな違うのだ。
言葉自体は同じでも、それに込めている思いや、そこから連想するもの、そこから湧いてくる感情など、みんな違う。
だけどもなぜか「みんな一緒だ」と思いたがっている。
それはきっと仲間外れにはなりたくないから。
なぜそうなったのかというと、そう思い込むように教えられてきたからではないか?
みんなそれぞれ「違ってもいい」ことを突き詰めていくと、自然と役割が個性化していき、やるべきことが現れてくるのではないか?
そうやって、以前には見えなかった役割分担が自然とできあがるのではないか?
そののちに、勝手に新しい繋がりができて、しかも各自がしたいことをしたいときにするようになっているのではないか?
それは単細胞生物が集まり群体をなし、そのうちに多細胞生物のようになって行ったのと同じように。
その結果、ピラミッド組織のように窮屈なシステムから、緩やかにつながり合う流体のような、ボルテックスのような、トーラスのような繋がりができるのではないか?
No.05161 24.03.04 社会はどう進化するのか
デイヴィッド・スローン・ウィルソンの『社会はどう進化するのか』を読んだ。
序文にテイヤール・ド・シャルダンの話が出てきて驚いた。
タイトルの通りの内容だが、少々物足りなかった。
何が物足りなかったのか考えてみた。
最初の期待が大きかったようだ。
序文に「本書は『現象としての人間』のバージョンアップ版だ」と書かれていたので、期待し過ぎてしまった。
よくまとまったいい本ではあるが、『現象としての人間』にあるような、今までに考えたことのない話ではない。
でも、読んでよかった。
No.05160 24.02.29 閏年
閏年についてあまり詳しくは知らないなと思い、ウィキペディアのページに辿り着いた。
そこで衝撃の事実を知る。
日本では閏年の算定をいまだに皇紀を使ってするそうだ。
明治31年に出された法令が今も効力を持っている。
皇紀はもう使われてないのだと思っていた。
No.05159 24.02.28 世界が変わるとしたら
世界が変わるとしたら、何が起きるのか考える。
いま世界が抱えている問題がすべて解消されるとしましょう。
どんな問題があるのか、思い浮かべてみましょう。
それらが解決されたら、世界は自然と変わりますよね。
その変化が起きないのは、自分が諦めているからかも。
もしそうなら、その諦めを手放しましょう。
変化したのちの世界を思い浮かべましょう。
No.05157 24.02.26 蕎麦屋と本屋
蕎麦屋と本屋はかつてどの駅にも大抵あったように思う。
それが次第になくなっていった。
不景気だと言われているが、もしかすると違う問題なのかもしれない。
僕が幼い頃はいろんなものが不足していた時代から次第に豊かな時代へと移行するときだったので、商品は均一的なもので十分だった。
きちんと使えたり食べられたりすればよかった。
ところが豊かさが頂点に達すると、商品が画一的なものばかりでは売れなくなってきた。
それに不景気が重なる。
蕎麦屋と本屋はどちらも均質的な商売だった。
特徴的な蕎麦屋は現れたけど、多くは画一的だった。
本屋は日販とトーハンが出版流通を牛耳っていた。
だから特徴的な品揃えの本屋は特別な努力を強いられた。
このところ残っている蕎麦屋も本屋も、特徴的なお店が多いような気がする。
蕎麦屋は手打ちにするのは当たり前で、蕎麦をわざわざ畑で作ったり、蕎麦前を豊富にしたり。
本屋は何年か前から増えてきた特徴的な出版流通会社を使って個性的な品揃えにしたり、カフェを併設したり、文房具を売ったり、古本も扱ったり、シェア型書店にしたり。
この人本当に蕎麦が好きなんだなという人が蕎麦屋をし、本当に本が好きな人、または戦略的に発信したい人が本屋をやったりしている。
つまり、時代の要請による変化なのではないかと思う。

