会社勤めをしていた頃、本屋で不思議な本を見つけた。
『バシャール』と題されたその本は、ページを開くとワープロの原稿をそのまま印刷していた。
当時のワープロは斜めの線がなめらかではなく、ギザギザになっていた。
つまり、当時の普通の本の作り方をしていなかった。
「なんでこんな状態の本を売るんだ?」とかえって興味を持った。
読むと、面白いと同時に不快にもなった。
何度も途中で中断し、しばらくしてまた続きを読むということを繰り返した。
読み終わるのに一年くらいかかったと思う。
読むとわかったようなわからないような、モヤモヤした感じが続く。
ヌミノーゼとはちょっと違うかもしれないが、その入口に立っていたのかもしれないと、いま感じる。
No.04691 22.01.22 ガムランを聴く
大学生の頃、「題名のない音楽会」で小泉文夫がケチャを紹介していた。
世の中には不思議な音楽があるもんだなぁとそのCDを探して買おうとした。
ところが見つからず、同じバリ島の音楽ということで、ガムランのCDを買った。
うちに帰って聞くと、最初の音でゾーッと鳥肌が立った。
「なんだこの音楽は!」と思い、ラックにしまった。
「こんな気持ちの悪い音楽はもう聴かないだろう」と思っていたのだが、なぜかときどき聞きたくなる。
聞いてはゾッとしてまたしまう。
「いったい何をしているんだろう?」と思っていた。
このゾッとした感じが、ヌミノーゼだと理解するのは十年以上過ぎてから。
縁があり、そのガムラン楽団を率いていたプリカレラン家にホームステイさせてもらうようになってからだった。
No.04690 22.01.21 聖なるものと幽霊
聖なるものを目の前にしたとき感じるヌミノーゼについて書くために、その感覚を思い出そうとしていろいろと書いているが、そこに幽霊が出てくるのはいかがなものかと感じている人もいるだろうと思い、これを書く。
でも、そんな人がいるかどうかは実は問題ではない。
僕の中にそう疑う部分があるから書く。
つまり、「聖なるものと幽霊を混同していることについて心配している」という僕の内側について、あたかも誰かがそう考えているだろうからと前置きして、他人事のようにして書こうとしている。
こういうことは実はよくあって、「僕の内側にある別の面の僕」というのは、説明が面倒なので「きっとこう考える人がいるだろう」とことわって、実は自分のことを書いている。
そう言ったほうが話しが早いし、誤解も生まないだろうという前提でそう書くが、その時点で実は多少のミスリードを含んでいる。
こういう些細な区別はどうでもいいと感じる人が多いかもしれないが、厳密な話しをするときには大切な話になる。(ここにも些細なミスリードが含まれたね)
それに「聖なるものと幽霊」は少し似ている部分があるように感じる。
「聖なるもの」とは何かであるが、宗教の歴史をたどっていくと、時代によって変化があることがわかる。
たとえばそれはエリアーデの「世界宗教史」を読めば明確になるが、そのことと個人の精神の発達とをよく比較して考えなければならない。
たとえば、十歳の頃の僕と、二十代の頃の僕、そして現在の僕では変化がある。
その変化を把握した上で精神の発達について考えなければならない。
こう書くのは簡単だが、具体的にどう変化したかを指摘するのは、自分にとってはあまり簡単なことではない。
なぜなら、自分の考えは、時代によっての変化を、普段明確には区別してないから。
十歳の時の僕のことを書いている最中に、実は六十歳の感覚で表現していることはよくある。
つまりそれは、十歳の頃の感覚そのままの表現ではなく、六十になった僕というフィルターを通しての表現になる。
それを手放すのはあまり簡単なことではない。
そのことを意識して始めて可能になる。
その些細な違いを言語化するのは困難を伴う。
そこには明確な区別があるという前提に立つことによって可能にはなるが、その前提に立たない限り、それはできない。
僕の若い頃には「聖なるものと幽霊」の区別は曖昧だった。
だから、幽霊についての強い興味があったのだと思う。
つまりそれは、若い頃から「聖なるもの」に興味があったが、幽霊との区別が曖昧だから、幽霊についても興味があったのだと思う。
こう区別を与えているのは、現在の僕に他ならない。
若い頃の僕は、そもそも「聖なるもの」に出会う機会がなかった。
科学の台頭により、宗教の価値が低くされていた時代だったからだろう。
「聖なるもの」の代替物として「幽霊」があったように思う。
だから「聖なるもの」について書くとき、幽霊が出てきてしまう。
No.04689 22.01.20 下田移動教室
小学校での修学旅行はなぜか移動教室という名称だった。
なぜそう呼ばれたのか詳しいことは知らない。
小学五年の時の移動教室は下田に行った。
ペリーが来航した下田港や石廊崎を見た。
夕方に宿舎に着き、ベッドを割り当てられる。
僕は二段ヘッドの上の段だった。
夕暮れ、そのベッドに座ってボーッとしていたら、目の前の白い壁に四角いスクリーンのような光が差し込んだ。
なんだろう?と思って見ていると、そこにたくさんの線が出てきてうねりだした。
ほんの一瞬のことだった。
五秒ほどでその白い壁には何も映らなくなった。
ぞっとした。
なんだかわからないものを見てしまった。
No.04688 22.01.19 怪談
幼い頃、怪談を聞くのが好きだった。
あの、怖くてぞわぞわする感覚に酔った。
兄がよく体験談をしてくれた。
それを父に話したことがある。
「純ちゃん(兄のこと)こんな怖い経験したんだって」
兄が嘘をつくとは思えなかったので、その体験はすべて真実だろうと信じて話した。
すると父がこう言った。
「僕も一つだけ、僕の父さん、ようちゃんにとってはおじいさんだな、から聞いた怪談があるよ。聞く?」
もちろん聞いた。
祖父は戦前、樺太の真岡に住んでいた。
そこに知り合いの老婆がいて、その老婆は不思議な能力を持っていると噂されていた。
その老婆があるとき病気になり、町外れの病院に入院したそうだ。
祖父はいつか見舞いにと思っていたある日、夜に厠に行った。
いまでいうトイレだ。
当時のトイレは汲み取り式だから匂う。
母屋から少し離れたところに作られていた。
厠で用を足し、出てきて水道で手を洗おうとすると、水道が不思議な音で唸りだした。
驚いて様子を見ていると、震える水道の蛇口から水煙のようにして、あの老婆の顔が現れた。
驚いた祖父は「何をしている」と怒鳴ると、老婆はこう言って消えた。
「退屈だからねぇ」
翌日、町外れの病院に老婆に会いに行った。
すると老婆は祖父の顔を見るなりこう言った。
「退屈だからねぇ」
No.04687 22.01.18 京都のお寺で聞いた読経
大学生の頃だっただろうか。
京都を旅行していたらあるお寺で読経が始まった。
どこのなんというお寺かも忘れてしまった。
だけどそこの読経が凄かった。
僧侶が数名で読経していたのだが、聞いたことのない和音になっていた。
それが読経の言葉とともにうねっていく。
楽譜にはしようがない微妙な和音の変化。
音楽のように心地よいのと同時に、底知れない畏怖を感じた。
No.04686 22.01.17 ブラバンの秘密
「聖なるもの」に向き合ったときの感覚をヌミノーゼといい、その感覚がしたときのことを思いだしているが、本当にこれもヌミノーゼと呼べるかどうかは判断が分かれるところだと思う。
でも、僕の感覚はそうだと伝えてくれているので、そのように扱う。
高校生の頃、僕はブラスバンドに入っていた。
そこで指揮をやらせてもらえることになった。
指揮をしていた先輩から、演奏会の直前にメンバーを集めて必ずこれを言うようにと、演奏会を成功させるための秘密の言葉を教えてもらった。
そのときの僕にはそれを言う理由がまったくわからなかった。
「そんなこと」としか思えなかった。
そこで文化祭の時、3回の演奏のうち1回を、わざとそれを伝えないで演奏をした。
すると何も間違いのない演奏だったが、ほとんど誰も感動しなかった。
きちんとそれを言うと、観客も演奏者も、とても感動する演奏会になった。
それを知って以来、僕はこの言葉を呪文と呼んでいる。
それはこんな言葉だ。
「これからする演奏はたった1度のものだ。同じお客様に聞いてもらうことはもうない。僕たちも同じコンディションでやることはもうないだろう。だから、いまの僕たちにできる最高の演奏にしよう」
これをいうとなぜかゾクッとした。
そして、その演奏にみんなが感動する。
うまいとか下手とか、そういう次元ではない何かが働いた。
No.04685 22.01.15 ケニアで見た天の川
山中湖で見た天の川から20年以上たち、仕事でケニアに行った。
広大なサヴァンナの真ん中にあるロッジに泊まり、ある晴れた日の夜、外に出た。
かつて見た夜空とほとんど変わらぬ夜空を見上げた。
草原の真ん中だから、肉食動物が出てきても不思議ではない。
それが畏怖の度合いを一層強めた。
自分がここで「生きている」とはとても言えなかった。
広大な空間の片隅で、まさに生かしておいてもらっていた。
No.04684 22.01.14 はじめて見た天の川
小学生の頃、家族で山中湖に旅行して、夜に生まれてはじめて天の川を見た。
夜空にびっしりと星が敷き詰められていた。
その濃度が高い流れが天の川だった。
びっしりと敷き詰められた星に畏怖を感じた。
なんともいえない恐ろしさ。
「こんな宇宙の中で生きているのか」と。
No.04683 22.01.13 聖なるもの
人は聖なるものに触れて動かされる。
その感情はなかなか表現しにくい。
オットーという神学者はそれをヌミノーゼと言った。
科学的にものを考えるようになり、聖なるものに触れる体験を忘れかけているかもしれない。
これからしばらく僕なりの、聖なるものとの接触について思い出してみようと思う。

