No.05087 23.11.08 言葉は事端

本を読んでいて、「事端」という言葉を見つけた。
「事端」と書いて「じたん」と読ませる場合、意味は出来事のきっかけのことをいう。
一方で「事端」と書いて「ことば」と読むことがある。
それは古い「ことば」に漢字をあてる際に「事端」と書いたそうだ。
その意味は、もちろん「ことば」。
そしてそのニュアンスが面白い。
ある出来事を表現する時、文章では「事の端」程度のことしか伝えられないから「事端」なのだそうだ。

No.05086 23.11.07 やってみないとわからないでしょ

SHOGENさんのことをアムリッタ朝子さんが知ったきっかけを教えてもらった。
へぇーと驚く。
「今日、誰のために生きる?」だけではなく、かつて自費出版された絵本「やってみないとわからないでしょ」も買った。
「今日、誰のために生きる?」にも登場するザイちゃんが主人公だ。
ザイちゃんが可愛くてキュンキュンする。
いい歳のおじさんをキュンキュンさせるワールドワイドなザイちゃん。

No.05085 23.11.05 小鳥たちとの会話

うちの前にある桜の木にシジュウカラやメジロが高い声でさえずっていた。
そこでバードコールを出して鳴らしてみた。
すると、はじめのうちは鳴き声のやり取りができたのだが、しばらくしたら少し違う声が混ざっていると気がついたのか警戒音のような鳴き声になって、一斉にいなくなってしまった。
しばらく待っていると帰ってたきた。
小鳥たちは用心深い。
鳴き始める。
再びバードコールを鳴らすと、今度はそのやりとりに興奮していたようだ。
小鳥たちと意思疎通ができたようで楽しかった。

No.05083 23.11.03 亀の子束子本店に行く

No.05066に相方が亀の子束子本店に行ったことを書いたけど、僕も行ってきた。
亀の子束子という古い商品を、どのように現代に根付かせているるのか興味を持ったから。
日本は古いものと現代のものとをフュージョンするのが上手であり、だから、100年、200年以上続く企業が世界で一番多く、1000年も続く企業も20社以上あるのではないかと思う。
坂井直樹氏にあこがれて来日したデザイナー、グエナエル・ニコラ氏は、日本の魅力は時代を超えたデザインが現代に同居していることだと指摘していた。
(詳細はこちらに。https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/p1816/)
古くても人を笑顔にする商品、それはどんなものかという説明はうまくできない。
そういうものにまずは触れることが大事かなと思った。

No.05082 23.11.02 チキンポットパイ

ケンタッキーフライドチキンのチキンポットパイのCFを見た。
チキンポットパイと言えば、高田馬場にあったボイルストンのチキンポットパイが懐かしい。
そこには何十種類ものバーボンが常備され、フェスティバルには100種類が用意された。
新聞紙に印刷されたようなバーボンリストを眺めて、その日飲むボトルを決めた。
そこでいろんなバーボンの味を覚え、会社での憂さを晴らしていた。
あれば必ず頼んだのが、チキンポットパイとシーフードパイ。
美味しくて楽しかったな。

No.05081 23.11.01 いじめっ子になる

物語を作っていると、いろんな人の気持ちにならなければならない。
ミステリーを作るなら例えば殺人鬼。
戦記ものなら敵国の大将。
恋愛ものならカップルの邪魔をする誰か。
ジュブナイルならいじめっ子。
普段の生活ではそんな人にはなりたくないと思うような人の気持ちになる。
そして、なぜそのような人になってしまうのか考えて、感じてみる。
なんとなく悪役が愛しくなる。
できればその憎しみや悲しみを超えて、愛情に転換してほしいと思う。

No.05079 23.10.30 コーヒーミルとの対話

何ヶ月前か、電動コーヒーミルが壊れた。
それ以来、手動のコーヒーミルを使っている。
だから、コーヒーを淹れるたびにゴリゴリゴリゴリ重いハンドルを回している。
電動ミルはそんなに高いものではないので、新しいものを買えばいいのだが、久しぶりに手動のミルを使ったときに「あれ? 電動より美味しいかも」と思って以来、手動を使っている。
でも、その美味しさは、はっきりとしたものではなく、慣れてしまえば大差ないもののように感じ、ゴリゴリやるより楽な電動ミルを買おうかとも思うが、わずかな美味しさでも美味しい方が良いのではないかと考え、未だに悩んでいる。
ゴリゴリしながらの手動ミルとの対話。
「電動にしようかな?」
「・・・」
「これ力がいるもんな」
「・・・」
「もう疲れたよ」
「・・・」
「でも美味しい気がするからさ」
「・・・」
「なんか返事してくれよ」
「・・・」
返事が聞こえるようになったらボケを心配しようと思っている。

No.05078 23.10.28 祈る

2003年から2008年まで、毎年のようにイスラエルとパレスチナの子どもたちと一緒にサッカーをした。
あの人たちは今はどうしているのだろう?
自分が無力で泣けてくる。
無事であることを祈る。
同時に、あのときには素敵な体験をさせてもらったことに感謝する。
知らない国に来て、敵対する国の人たちと仲良くなる。
その可能性を見せてくれました。
あなたたちは僕にとってヒーローでしたし、これからもヒーローであり続けるでしょう。
たくさんの感動をありがとう。
そして、生き抜いてください。