バレンタインデーにチョコをもらい、お菓子業界の戦略に乗ってそのお返しを考えなければならなくなったとき、ふと思い出したのが、幼い頃にいただいた缶入りのクッキーだった。
「白地で縦に紺の帯が入り、その真ん中に船舶用の救命浮き輪が描かれていた缶に入ったクッキー」と相方に伝えると「それ私も覚えている」という。
昭和生まれの人なら一度は食べたことがあるのではないか?
そのクッキーがどこのどのようなクッキーか忘れていたが、「白地で縦に紺の帯が入り、その真ん中に船舶用の救命浮き輪が描かれていた缶に入ったクッキー」と検索すると「それは泉家東京店のクッキーだろう」とAIが教えてくれた。
昭和の家庭にはその缶がいくつかあったように覚えている。
その頃は百円ショップのような店がなかったので、使い勝手の良さそうな缶は別の用途に使われるようになり、何かの物入れとしてよく机やテーブルの上に置かれていたように覚えている。
そのクッキーをデパートに行って見つけて買った。
自分でも食べてみた。
懐かしい味だった。
シナモンなどの香辛料がプンと香る歯応え硬めのクッキー。
No.05506 26.03.04 ロビー
映画「禁断の惑星」にロビーというロボットが登場する。
宇宙戦艦ヤマトのアナライザーやスター・ウォーズのR2D2に雰囲気が似ている。
そのおもちゃが かつてうちにあった。
兄が買ってもらったものだと思われる。
まだ幼かった頃の微かな思い出。
「禁断の惑星」は観たことがなかったので、先日サブスクに見つけて鑑賞した。
僕が生まれる五年前の映画。
円盤に乗って超光速移動した先の惑星で月をふたつ見て、惑星ソラリスのように深層心理に翻弄される。
幼い頃の忘れ物をやっと見つけたような感覚がした。
No.05503 26.02.17 ゴッドファーザーPart2
公開当時、僕は中学生だった。
一作目を見ずにPart2を見た。
だから内容がよくわからなかった。
なぜ冒頭でいきなりヴィトーの父親と兄が殺されるのか。
なぜマイケルは妹のコニーをいつも怒っているのか。
他にもわからないことがたくさんあった。
50年ほどして一作目から見直した。
面白かった。
一作目を見ていれば中学生の僕でもわかったのかもしけないが、キューバのくだりはわからなかっただろうな。
No.05497 26.02.04 ケルン・コンサート
キース・ジャレットの名盤。
ずっと昔に一度ここに書いたかもしれない。
YouTubeに「1975年のケルン・コンサート」という映画のCFが出てきた。
ケルン・コンサートを企画したのは実は18歳の女性だったそうだ。
あの名演奏を生み出した舞台裏。
それはそれで面白そうだが、ケルン・コンサートを久しぶりに聞きたくなり聞いた。
この切ない感じはなんだろう?
大学生の頃、ジャズピアノを習っていた。
その先生に「最近のお気に入りは?」と聞かれ、「ジョージ・ウィンストンです」と答えたら、「ああ、キース・ジャレットのソロみたいなピアノを弾く人ね」と言われ、ケルン・コンサートを聞いた。
似てると言えば似てるかもしれないが、僕には別物に聞こえた。
なにしろケルン・コンサートは完全なアドリブ。
一曲目のメロディの展開が素晴らしい。
ふとした瞬間に、忘れられない面影を思い出すようなリフレイン。
No.05494 26.01.31 新旧ハージェスト・リッジ
マイク・オールドフィールドの曲が好き。
「ハージェスト・リッジ」は「チューブラー・ベルズ」に続く二作目のアルバム。
中学生の頃、何度も聞いた。
働くようになってレコードを聞かなくなり、久しぶりに聴きたいなと思い、CDで買い直した。
すると、ミックスが違う。
CDのために録音し直したときに音のバランスを変えたようだ。
「これじゃない」と思ったが、どうしようもなかった。
聞くたびに「これじゃない」。
古い録音のオリジナルな「ハージェスト・リッジ」が聞きたかった。
それから何年もたち、数日前にスポティファイに入っているのを見つけて早速聞いた。
しかも、2010年のミックスと2025年のミックスもある。
オリジナルを聞いて心が落ち着いた。
やっぱりオリジナルがいい。
でも、それに満足したら、不思議なことに他のミックスも受け入れられるようになった。
それはそれでいいのである。
「これじゃない」を手放すことで生まれる不思議。
No.05478 25.12.14 当たり前になること
当たり前でなかったことが、当たり前になると嬉しい。
昔、固定電話しかなかった頃、留守番電話が使えると嬉しかった。
留守番電話に慣れた頃、ポケベルが使えると嬉しかった。
ポケベルから携帯電話になると嬉しかった。
携帯電話がスマホになるとさらに嬉しかった。
どれも当たり前になった時には嬉しいのだけど、当たり前になりきると嬉しいとは思わなくなる。
人間の悲しい性(さが)。
No.05467 25.11.22 2025年11月22日の朝日
ベランダから朝日を見た。
夜空の色が変わるところから。
空が明るくなっていき、雲の間から朝日が射し込む。
何度朝日を見ただろう?
数えきれない朝日を見てきた。
印象的な朝日は覚えている。
富士山のご来光ととか、ワイルアの浜から見た日の出など。
いくつもの朝日を思い浮かべられるが、今日のような平凡な朝日はきっと忘れる。
でも、
インターネット上の忘れ去られた言葉をかき集め、AIが意識を持とうとしている。
そのうちきっと僕が忘れていく朝日の画像や映像をかき集め、AIが何かを作り上げていくのだろう。
それは人類が理解できない何かかもしれない。
No.05457 25.11.07 序曲「1812年」
ふと聞きたくなった。
ストリーミングで探すとすぐに出てきた。
残念ながら演奏が物足りなかった。
中学生の頃によく聞いていたのはカラヤン指揮、ベルリンフィルの演奏だった。
検索すると出てきた。
感動や興奮が蘇る。
この情動はいまのものか、過去のものか?
No.05442 25.10.13 雪の降る街を
女性合唱団アンサンブル・アクア・ジャパンの第一回公演を聞いてきた。
藝大出身者が中心らしく、見事なハーモニーが聞けた。
指揮者の三好郁夫氏は藝大を卒業し1984年からスイスで活動。
三好氏が日本に滞在中にのみ活動するプロジェクト合唱団だそうだ。
長年ヨーロッパ圏にて向こうの言葉で演奏活動してきた三好氏にとって、日本で日本語の曲を指揮することはとても心が震えるもので、その様がよく演奏に表れていた。
そのコンサートの最後の曲が「雪のふるまちを」だった。
それを聞いて古い記憶の扉が開いた。
まず一つは、僕が高校一年の音楽の授業で、期末試験としてこの歌をピアノ伴奏を編曲した上で歌ったこと。
もう一つは、母がユトリロの絵が好きで、この曲を聴くたびにユトリロの描いた冬の街を思い出すこと。
僕は「雪の降る街を」と記憶していたが、調べると、最初「雪の降るまちを」と表記されたが、発表のたびに「雪の降る町を」「雪の降る街を」と変化したそうだ。
アンサンブル・アクア・ジャパンのプログラムには「雪のふるまちを」と記載されていた。
その変遷にはどんな物語が隠されているのか、興味が生まれた。
No.05436 25.10.02 エネルギーを与える
この世の中は不思議なことが起きる。
その不思議なことをかいくぐって、よくぞ生かしてもらっている。
たくさんの不思議なできごとを見せてくださり、ありがとうございます。
こう書いて気づきが来た。
「Mr. Irony」の理由はこれか。

