No.05106 23.12.09 シュトレーン

シュトレーンを買った。
お菓子屋さんに並んでいたそれは、ずっしりと重かった。
うちに帰って包みを開けると、ラップで二重に包まれていた。
開くとシナモンの香りがした。
粉砂糖で覆われていたのでものすごく甘いのかと思ったけど、ナイフで切り分けると、シナモン、ナッツ、ドライフルーツなどが渾然一体となり、落ち着いた味でもっと食べたくなった。
クリスマスパーティーにはこれを出そうかな。

No.05104 23.12.06 龍口明神社

龍口寺の隣にかつて龍口明神社があった。
旧社殿は今も龍口寺の隣に残されているが、立ち入り禁止とされていた。
現社殿は西鎌倉駅から歩いて10分ほどのところにある。
西鎌倉駅に降りたら、不思議なことにその場所を夢に見ていて知っていた。
そこからどう歩いていったら龍口明神社に着くのかほぼ覚えていたが、最後の部分だけ夢とは違った。
夢では歩いていくと道の左側にあったが、現実にはその道を右に曲がってしばらく行ったところにあった。
敷地内に入ると、手前に御神木があった。
夢のなかではその御神木に何かしたのだが、何をしたのかが思い出せない。

No.05103 23.12.05 龍口寺

中学か高校の歴史の授業で、日蓮の「龍ノ口の法難」を習った。
日蓮が立正安国論を唱えるが、それに対して鎌倉幕府の偉い坊さんが迫害を始める。
それで龍ノ口という場所で日蓮を斬首しようとするが、光の玉が飛んできて斬首役人が恐れ慄いて取りやめになるという話。
UFOに興味があったので、光の玉はUFOだったのでは?と思い覚えていた。
それから時がたち、別ペンネームでUFOに関してのファンタジーを書いた。
舞台は茅ヶ崎や江ノ島のあたり。
そしたら何人かの人たちから、「あのあたりで実はUFOを見たんです」という話を聞くようになった。
よく調べたら、龍ノ口とは江ノ島の入り口にあたるような場所。
鎌倉時代からあのあたりには光の玉が飛んでいたらしい。
龍ノ口の刑場跡には今では日蓮宗の龍口寺が建っている。
お世話になっていますとお参りしてきた。

No.05102 23.12.04 他人の心は本当にわからないものなのか

自分の心は自分にしかわからないと書いたが、実は疑っている部分もある。
自分の心は自分でも知り尽くすことが難しい。
確かにその通りなのに、なぜか他人から言い当てられることがある。
スパッと言われて「なんでそんなことわかるの?」と思うことがある。
きっと何かが同調したんだなと思うが、本当にそれだけなのだろうか?
時には誰かの思いを言い当てて「なんでそんなことわかるの?」と言われることもある。
「なんで」を僕も知りたいが、理由のわからぬ「なんとなく」が時々やってくる。

No.05097 23.11.23 大きな岩

今日、公園の前を通ったら大きな岩が目についた。
子供の頃に大きな岩にしがみついたことを思い出す。
それだけで何か嬉しかった。
大人になって岩にしがみつくことはなくなった。
あの感覚を思い出した。

No.05096 23.11.22 気持ちいい状態で書く

「日刊 気持ちいいもの」を書くにあたり最近注意していることがある。
それは「気持ちいい状態で書く」ということ。
「気持ちいい状態を思い出して書く」のとはちょっと違う。
「ああ、あのときは気持ちよかったな、こんなふうに」と書く文章と、「今、気持ちいい状態で書く」というのでは微妙に違う。
それでできあがる文章はもしかしたらあまり違わないかもしれない。
でも、その違いについて最近は考えながら、感じながら書いている。

No.05093 23.11.17 歩く

以前のようにスタスタ歩いた。
入院以来、歩くのが少し難しかった。
退院した時は駅まで歩けなかったが、やっと今日、2キロくらいをある程度の速度で歩けた。
「歩こう、歩こう、私は元気」

No.05090 23.11.14 この世界にはたくさんの解釈がある

チチェン・イッツァに行った日、「この世界にはたくさんの解釈がある」とか「この世界は多次元だ」とか、言われた気がした。
まったく不思議な体験。
それまでにそんなことは一度もなかった。
そして、「それを深く探究しろ」とも。
当時の僕には「何だそれ?」としか思えなかった。
でも、今となっては宝物の体験だった。
ありがとう。

No.05085 23.11.05 小鳥たちとの会話

うちの前にある桜の木にシジュウカラやメジロが高い声でさえずっていた。
そこでバードコールを出して鳴らしてみた。
すると、はじめのうちは鳴き声のやり取りができたのだが、しばらくしたら少し違う声が混ざっていると気がついたのか警戒音のような鳴き声になって、一斉にいなくなってしまった。
しばらく待っていると帰ってたきた。
小鳥たちは用心深い。
鳴き始める。
再びバードコールを鳴らすと、今度はそのやりとりに興奮していたようだ。
小鳥たちと意思疎通ができたようで楽しかった。