No.05195 24.04.17 Tシャツの季節

パツンパツンになってしまったズボンを履いて、昼間に自転車で走ってきました。
暑かったので上半身はTシャツで。
色の濃いシャツだったので直射日光に当たると暑かった。
四月にTシャツで自転車に乗って暑いというのは、めでたいことなのか?
今日は気持ち良かったのでよしとします。

No.05189 24.04.11 カフカの短編

「変身」や「城」などで知られるフランツ・カフカはかなり変わった人だった。
最初の小説を長く書き続け、そこから短編小説を抽出した。
一方で、小説は一度に全部書かなければならないという謎の縛りを自身にかけ、それを守ろうとした。
「変身」は傑作だが、一度に全部書けなかったから駄作だと本人は思っていたらしい。
生前はあまり理解されなかったようだが、没後に評判が高くなる。
カフカの短編集をポツリポツリと読んでいる。
文章から浮かび上がるイメージが特異で面白い。

No.05186 24.04.08 二極化

いろんなことが二極化していくという。
ピラミッドに収まった人たちは、上下関係に縛られるが、お金があるのでいろんなモノが買えるだろう。
ピラミッドから出ていくことを決めた人は、制約が多くて生きづらいという解釈もできるが、人との繋がりの中でたくさんの形の違う愛を見つけていくだろう。
上手な人はいいとこ取りをするだろうし、下手な人は損な役回りをするだろう。
それは自由であるかぎり変わらない。
どんな生き方が正しいかを考えても仕方ない。
宇宙は無限で多様だ。
可能性はたくさんある。
二極で終わるはずがない。

No.05183 24.04.05 ちいちゃんのかげおくり

青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』に『ちいちゃんのかげおくり』という童話のことが書かれていたので読んでみた。
戦争の話ではあるが、その悲惨さをあまり直接は書いていない。
主人公のちいちゃんが家族と一緒にした「かげおくり」から始まり、空襲で逃げ惑う姿を描き、最後にもう一度「かげおくり」をして終わる。
最後の「かげおくり」は、特別な意味が付与されている。
「かげおくり」とは、ちいちゃんのおとうさんが出征する前日に教えてくれた遊びでした。
空が青くて日がよく射す日、影をじっと見つめて、十数えてから目を青空に向けると、青い空にぼうっと白い影が浮かび上がるという遊びです。
子どもたちの感想が『言霊が実現する瞑想読み』に載っていて、興味を持った。

No.05182 24.04.02 覚知する心

青木照明先生の著書『言霊が実現する瞑想読み』を読んだ。
青木先生は茅ヶ崎市立東海岸小学校の初代校長で、加山雄三さんに校歌の作曲を依頼した先生。
子どもたちの覚知する心をどのように育てるかについて書いている。
書かれた内容を覚知した子どもたちは、感想を豊かに語り始める。

No.05174 24.03.18 知りようのないこと

この世界には知りようのないことがたくさんある。
まず生命がどのように振る舞うかを知りようがない。
それは無限の可能性に接続している。
環境が変われば振る舞いが変わる。
振る舞いが変われば細胞が変わる。
細胞が変われば、細胞の内容物が変わる。
細胞の内容物が変われば細胞の動きが変わる。
その変化の可能性は無限大だ。
一方で死との綱引きがある。
生まれるものがあれば死ぬものがある。
何が死ぬのかはわかるようでわからない。
それぞれのレベルで無限大の可能性と無限大の死の可能性に接続している。
それを全て知るなんてできることではない。
大きな可能性があるという、表面的なことを知るのみ。
表面的なこと、それは水滴の音のよう。

No.05166 24.03.09 水平線の上の希望

水平線は単なる線じゃないのよ。
彼女はつぶやいた。
どこまでも遠くにある海が、私には線に見えるだけ。
そこには風が吹き、白波が立ち、海鳥が渡り、魚が飛び跳ねている。
それが線に見えるだけ。
線に見えるけど、無限や永遠に繋がっている。
見尽くすことはできない、可能性の宇宙。
彼女の指先にも、無限や永遠が宿っている。

No.05152 24.02.19 Welcome to complex system

いろんなところで「自分に正直に」と言われるようになってきたけど、「自分に正直であることが難しい」ことに気づかなければならない。
内省してみると自分にはたくさんの立場があることに気づく。
そして、それらの立場たちは、常に同じ意見を持てるようなものではないことが多い。
つまり立場によって自分の意見が分裂させられる。
もしそのことに気付かないと、自分の心の「ある部分」を無視することになる。
例えば、かつてのtwitter、現在のXで、本名がわからないようにペンネームを使っている人は、公では言えない意見を持っていることに気づいている。
だからXではペンネームを使い、自分が誰かを知られないようにしている。
そういう人は、自分の意見が「実際に言いたいこと」と「立場上言わなければならないこと」が分裂していることに気付いている。
心配なのは、そういう分裂を許容できず、何かの立場から言わなければならないことだけが自分の意見だと思い込んでいる人だ。
そういう人が心のバランスを崩すようだ。
自分の内側でいろんな立場からの意見を吟味して、立場ごとに異なることを意識して、できればそれらを言語化するといい。
今はいくつもある立場のどれからも認められる答えは出せないかもしれない。
であれば、立場ごとに違う答えがあることを認めて、それを表現したらいい。
それを繰り返すことで、どの立場からも認められる答えが、いつかは出せるようになるかもしれない。
なぜそのようなことが言えるのか?
多くの人がたくさんの立場を抱えていて、立場ごとに違う答えを持っていることに気づき、そのことが常識のようになれば、立場ごとに違う答えを持っていることはきっと、賞賛されることになるから。
そうなってはじめて許容される答えが生まれるはず。

No.05134 24.01.17 温泉宿のタオル

温泉宿のタオルはペラペラなやつが好き。
楽にしぼれるから。
少し厚いタオルはしぼるのに余計な力がいる。
だから、いっそのこと、手ぬぐいがいいのかも。
でも、昨今手ぬぐいの方がタオルより高い気がする。
うちでお風呂に入るとき、手ぬぐいを使ってみようかな。