No.05497 26.02.04 ケルン・コンサート

キース・ジャレットの名盤。
ずっと昔に一度ここに書いたかもしれない。
YouTubeに「1975年のケルン・コンサート」という映画のCFが出てきた。
ケルン・コンサートを企画したのは実は18歳の女性だったそうだ。
あの名演奏を生み出した舞台裏。
それはそれで面白そうだが、ケルン・コンサートを久しぶりに聞きたくなり聞いた。
この切ない感じはなんだろう?
大学生の頃、ジャズピアノを習っていた。
その先生に「最近のお気に入りは?」と聞かれ、「ジョージ・ウィンストンです」と答えたら、「ああ、キース・ジャレットのソロみたいなピアノを弾く人ね」と言われ、ケルン・コンサートを聞いた。
似てると言えば似てるかもしれないが、僕には別物に聞こえた。
なにしろケルン・コンサートは完全なアドリブ。
一曲目のメロディの展開が素晴らしい。
ふとした瞬間に、忘れられない面影を思い出すようなリフレイン。

No.05495 26.02.01 電子書籍

歳をとって視力が落ちる日がある。
そういうときに昔の文庫本のような小さな文字を読むのが辛い。
ルーペを使ったり、スマホで拡大したりして読む。
でも電子書籍だと文字の拡大が簡単なので、電子書籍の率が増えてきた。
持ち運ぶのにも楽だしね。
数十冊をポケットに入れられルンルン。

No.05494 26.01.31 新旧ハージェスト・リッジ

マイク・オールドフィールドの曲が好き。
「ハージェスト・リッジ」は「チューブラー・ベルズ」に続く二作目のアルバム。
中学生の頃、何度も聞いた。
働くようになってレコードを聞かなくなり、久しぶりに聴きたいなと思い、CDで買い直した。
すると、ミックスが違う。
CDのために録音し直したときに音のバランスを変えたようだ。
「これじゃない」と思ったが、どうしようもなかった。
聞くたびに「これじゃない」。
古い録音のオリジナルな「ハージェスト・リッジ」が聞きたかった。
それから何年もたち、数日前にスポティファイに入っているのを見つけて早速聞いた。
しかも、2010年のミックスと2025年のミックスもある。
オリジナルを聞いて心が落ち着いた。
やっぱりオリジナルがいい。
でも、それに満足したら、不思議なことに他のミックスも受け入れられるようになった。
それはそれでいいのである。
「これじゃない」を手放すことで生まれる不思議。

No.05493 26.01.27 アボカド

スーパーでアボカドが一個100円で売られていた。
しばらく食べてないなと手に取ると、食べ頃の感触。
たいていアボカドはまだ硬いころに売られて、熟すのを待ってから食べるものだから、きっと売れ残り品で安くなったのだろう。
持った感じがうまそうだったので、買って帰って、茹でた小海老とブロッコリーと一緒に食べた。
もっと食べたいと思って翌日同じスーパーに行ったら、もうなかった。

No.05492 26.01.21 長靴のようなスリッパ

かかとまで覆う長靴のような形のスリッパを買った。
寒い日にはありがたい。
でも履くのが面倒。
体が硬くてかかとのあたりまで手を伸ばして力を入れるのが難儀だから。
トイレに行くときはスリッパを履き替える。
それも大変。
でも温かいから履く。

No.05491 26.01.19 Heavy Weather

久しぶりに「Heavy Weather」を聞いた。
Weather Report の大ヒットアルバム。
一曲目の「Birdland」はマンハッタン・トランスファーがカバーした名曲。
前作の「Black Market」から参加していたジャコ・パストリアスがこのアルバムで有名になり、ベーシストたちの憧れになる。
1970年代のアルバムだが、今でも心を震わせてくれる。

No.05490 26.01.18 久米宏さんのニュースステーション

久米宏さんが亡くなって、YouTubeに何本も出演した番組の録画が上がっている。
かつて毎日のように見ていたニュースステーションの録画もある。
久しぶりに見ると、今のアナウンサーとは違って自由にしゃべっている雰囲気が素敵。
「政治家はみんな嘘つき」みたいなことをサラッと言ってる。
マスコミは政権与党の問題点を指摘するのが仕事と考えていたようだ。
板挟みになっていたこともあっただろう。
R.I.P.

No.05489 26.01.11 気持ちいいものとは何か

自分にとって気持ちいいものとは何かを考える。
いろんな側面があるが、とても大切な観点を一つ。
それは、「可能であれば繰り返したいこと」だ。
天は僕に気持ちいいものを与えたのと同様に、すべての生命に気持ちいいものを与えた。
そしてそれはきっと、生命にとっては「気持ちいい」としか認識していないが、俯瞰して見るとそのことが生命にそれを繰り返させているのではないか?
それを繰り返すことで生命は存在を許され、環境との関係を常に新たにするのてはないか?
だとしたら、個としての気持ちいいものと同じように、集団としての気持ち良いものもあるのではないか?
例えば、僕にとっての気持ちいいものと同じように、人類にとっての気持ちいいものがあるのではないか?
人類にとっての気持ちいいものは、誰かが感じるわけではない。
だけど、人類がそれを繰り返さざるを得ないもの。
そして、繰り返すたびにわずかな変化を与えるもの。
具体的にそのようなものが何かと考えると面白い。
これからしばらく、人類にとっての気持ちいいものを考えてみようかな。