No.05337 24.12.29 7キロ歩けた

2022年に退院した頃は数百メートル離れた駅まで歩くのもやっとだった。
一年ほどして数キロは歩けるようになり、調子が良ければ10キロも歩けるようになった。
最近はほぼ毎日3キロは歩くようにしているが、毎日歩いていると少々疲れる。
今日は7キロほど歩けた。
でも、「10キロは歩けなかった」とつい考えてしまう。
7キロ歩けたじゃないかと自分を励ます。

No.05335 24.12.23 書いたあとでわかること

文章を書くと、普段は漫然と生きていることがわかる。
書くことで意識が何かにフォーカスされる。
するとフォーカスしたためにかつては理解できなかったことが理解できるようになる。
しかも、そのフォーカスは普段の生活にも影響するため、偶然の発見や出会いも多くなる。
この行程を何度か繰り返すと、思いもよらぬ結果に導かれることがある。
個人的には些細な工程かもしれないが、人類全体でそれをしているとなるとかなりの影響があるはず。
こうして人間の心は進化しているのではないか?

No.05334 24.12.21 文字を書く

万年筆でノートに文字を書く。
文字変換しないだけ速く書いている気になる。
キーボードを叩くよりなんだか嬉しい。
これで原稿を書くのは二度手間になるから時間がかかるんだけど、音声入力で頑張る。

No.05330 24.12.13 祈り

酒を飲んでいて友人に不意に「自分にとって祈りとはどういう意味があるのか?」と問われた。
いろんな意味があるだろうけど、酒の席で答えられるような粋な答えは浮かばなかった。
二日ほどしてふと思いついたこと。
酒の席向きの答えではないが、ある答えが降りてきた。
「生きていなさい」
母の言葉だった。
なぜか母はことあるごとに「生きていなさい」とか「死んだらダメよ」とかよく言った。
僕は死ぬ気はないし、生きているのが当たり前と思っていたので、なんでそんなことを言われるのか理解できなかった。
酒席の問いで、あれは母の祈りだったんだなと理解できた。

No.05328 24.12.10 開高健ゆかりのバー

開高健ゆかりのバーに連れて行ってもらった。
ライターになってはじめての仕事が開高健がかつて編集長をしていた雑誌だった。
それをきっかけに何冊も著書を読んだ。
文章が洒脱で。言い回しがすごい。
1989年に亡くなったのに、いまだに親しかった人たちが命日に集まってくる。
僕がパイプを吸えるようになったのは開高健のエッセイのおかげ。

No.05327 24.12.07 銀座の歩行者天国

銀座で歩行者天国がおこなわれるようになったのは1970年というから、54年の歴史があることになるが、それ以前から小さな通りではときどき行われていたそうで、東京では明治20年(1887年)には神楽坂の縁日でおこなわれていたという。
縁日で通行止めになることも歩行者天国だと考えると、日本には昔からあったことなんだなと思える。
1970年頃、正確にはいつだったか思い出せないが、銀座のホコ天(歩行者天国)を歩いた記憶がある。
当時は車道を自由に歩けるのが新鮮に感じた。
しかし、やはり車道を歩くということで、多少の遠慮を感じたし、歩行者もさほど多くはなかった。
ところが今日行ってみると、海外から来た人を中心にたくさんの人が歩いていた。
まっすぐ歩くのが困難なほど。
そこに来たいろんな人の幸せそうな雰囲気が良かった。

No.05324 24.12.04 自転車のお爺さん

朝、散歩していると、自転車に乗ったお爺さんがヨロヨロと抜いて行った。
しばらく走って行くと自転車を止めた。
自転車から降りて、落ちていたビニール袋を拾って、自転車のカゴに入れた。
カゴには瓶やらプラスチックやら、自然には分解しないようなものがたくさん入っていた。
そういうゴミを集めているらしい。
偉いお爺さんだ。