目の前にいたらうるさいかもしれないけれど、少し離れたところに聞こえてくる踏切の音はいい。
特に真夜中、静寂の中を、遠くから聞こえてくる踏切の音はなんかいい。
「みんなが元気に生きている」って感じがする。
No.04991 23.06.04 内面のヴィジョン
二十代の頃にはじめて瞑想をした。
その時に「ヴィジョンを見ろ」と言われたが、何のことやらさっぱりわからなかった。
ヴィジョンなどというものは見えなかった。
以来瞑想を続け、見れるようになったが、最近は歳のせいか、ヴィジョンを見ながら寝てしまうことがある。
ヴィジョンがそのまま夢になってしまう。
気持ちいいからいいんだけどね。
No.04987 23.05.31 もうすぐ5000回
日刊 気持ちいいものが、もうすぐ5000回になる。
普通に考えれば嬉しいところだが、あまり嬉しくないのが本心だ。
5000回の頃に何か個展のようなイベントをおこなおうと思っていた。
その準備を四年くらい前から始めていたが、一昨年の末に体調を崩して入院してしまった。
個展の準備は頓挫した。
ここ数日、日刊 気持ちいものが書けない理由はそこにあると思い、ここに吐露する。
自分がやると言っていたことができないことはとても気持ちが悪い。
これからも気持ちいいものを書き続けるためにこれを書いた。
失敗の宣言だ。
5000回を超えて、一万回を目指す。
精神の変容を見つめるために。
No.04960 23.04.03 麻ひしお
昔、もう30年以上前。僕が会社員だった頃、サンフランシスコへワークショップに参加しにいった。
6日間山にこもり、いろんなことをする。
高い崖からロープ一本で降りたり、何キロもの距離をワイヤーを張った滑車にぶら下がって滑り降りたり、普段できできないようなことをした。
そのワークショップでは食べるものにほとんど調味料が使われず、結果として塩分がほとんど入ってなかったし、味も素材自身の味しかしなかった。
そういう食事を6日間してサンフランシスコに戻ったとき、街で食べる食べ物の味がきつかった。
味の付けすぎ、香りの付けすぎ、コーラは飲もうとして吹いてしまった。
それ以来、僕の味覚に以前とは別の枠組みができた。
味が美味しいというよりは、からだに良さそうという区別。
それを感じることは滅多にない。
次にそれを感じたのは、キヨズキッチンがオープンしたとき。
久しぶりの感覚が嬉しかった。
その感覚をひさしぶりに思い出した。
それが「麻ひしお」を食べたとき。
「手打ちそば くりはら」でそれを食べた。
No.04947 23.03.11 12年
あの日から、12年が経った。
この12年、日本は辛い日々を過ごしてきたように思う。
明るい予兆すら見えない。
それでも生きていく。
No.04944 23.03.07 Gジャン
暖かくなったのでGジャンで外に出た。
気温が肌に伝わってくる。
春はもうすぐ。
No.04937 23.02.23 コードレス
昔はキーボードもマウスもコードがついていた。
コードは邪魔でBlueToothで繋がったときはすごいと思った。
今ではそれが当たり前となり、コードレスのありがたみを感じなくなってしまった。
こうやってありがたい物事を次々と忘れていく罪深さよ。
No.04930 23.02.16 生きている
世の中にはわからぬことがたくさんある。
たとえば、エクトプラズム。
結局あれがなんであったのか、誰も説明できない。
それ以上に謎なのが、自分が生きていることだ。
なぜ自分が生きているのか、「当たり前のこと」として片付けるしかない。
No.04926 23.02.11 幻想録
20年以上前、アイルランドに行った時、その前後に幻想録を読んだ。
イェイツの著作だ。
当時の僕には意味のわからぬところが何箇所もあった。
今でもわかったわけではないが、二月三日に「スライゴーのイェイツ像」を書いて以来、気になって手元に置いてある。
かつて冷たかった文章が、暖かく感じる。
No.04925 23.02.10 本当のことはわからない
この宇宙の本当の姿を人間は理解できないという話がある。
そもそも本当の姿とは一体どういうことか?
イルカが見た宇宙と、犬が見た宇宙と、昆虫が見た宇宙、それぞれに別のものが見えるのだろう。
同様に、人類以上の知的生命体がいたとして、彼らは宇宙をどのように見るのだろう。
僕たちが宇宙を見る見方は、人間にだけ許されたもの。
人間として宇宙をどう感じるかは解明できたとしても、それが本当に宇宙の姿かというと、心許ない。
だとしても、人間は真理を求め続ける。

