ペンキ画家のショーゲンさんが「人類が生まれてきた役割は祝福すること」と言っていた。
ブンジュ村の村長さんから教わったという。
それを聞いて僕は感激したのだが、そこから思ったこと。
人間は何でもかんでも名前をつける。
名前をつけることで言葉にし、会話に使う。
これこそが祝福の深い意味だなと思った。
No.05111 23.12.14 また小鳥が来た
今日は曇り空だったけど、あの小鳥たちがまた二羽で来た。
昨日の二羽かどうかは残念ながらわからないけど、同じように来て、今回はかなり慣れた雰囲気だった。
どんなふうに慣れていたのかというと、昨日はバードコールを鳴らすとすぐに飛んでいってしまったが、今日はベランダの手すりでキョロキョロしていた。
バードコールを鳴らしても飛び立たず、この鳴き声はどこからしているのかと探っているようだった。
ガラス窓の内側は鳥からは見にくいのだろうか?
少しずつ慣れて、そばに寄れたらいいな。
No.05110 23.12.13 小鳥が来た
バードコールでやり取りをしていた小鳥がベランダに来た。
ベランダの手すりに止まって鳴いてくれた。
ピーッピーッ
窓の内側から写真を撮り、すぐにバードコールで返事した。
ピー、ピー
彼は飛び去った。
両思いになるのは難しい。
しばらくしたら、二羽で来た。
ピーッピーッ
すぐにバードコールで返事したが、やはり飛び去ってしまった。
初対面はそんなもの。
No.05109 23.12.12 金枝篇
父の書斎に英語の厚い本があった。
それが「The Golden Bough 金枝篇」だった。
当時は何の本だったが分からなかったけど、父が死んでから初版の日本語訳を読んだ。
それでこの膨大な著作の全貌を知った。
初版は二巻で出版されたが、版を重ねて三版は11巻の作品となり、さらには索引と文献目録、補遺が追加され、全13巻にもなった。
作者のフレーザーは、それでは一般読者は読まないだろうと、後日簡約本を出版する。
岩波文庫の金枝篇は全5巻だが、この簡約本の翻訳だという。
13巻ある完全版の日本語訳は出ないものかと思っていたが、国書刊行会が全10巻別巻として、第8巻まで出しているのを知った。
どの巻も一万以上するし、専門家でもないので買うのは控えていたが、誘惑に負けて第1巻を買ってしまった。
そもそも父は大学でエリオットの研究をし、中央公論社に入ってからエリオット全集の編集をした。
エリオットの代表作「荒地」は金枝篇の内容を骨格にしているという。
全訳がでたら父はきっと読みたかっただろう。
第1巻のページを開くと、父に全巻揃えろと催促されている気がした。
No.05108 23.12.11 ココ
母が買ったシャネルのフレグランスが今もうちにある。
40年くらい前に買ったものだからきっと香りは当時のものとはもう違うのではないかと思う。
でも、今でもいい香りがする。
母はココをほとんど使わなかった。
ゲランのミツコが好みだった。
おかげさまでこの香りをいまでも嗅げる。
No.05107 23.12.10 華厳経入法界品 下巻
ほぼ一年かけて読んできた華厳経入法界品が上巻、中巻を終えて下巻に入った。
どんな話かというと、主人公である善財童子が最高の悟りである無上正等覚を得るためにいろんな人を訪ねていく。
53名の人や王や僧や女神や菩薩に会い、いろんな話を聞いていくが、次第に内容が広大かつ精密なものになっていく。
最高の悟りに行き着くために、いくつもの悟りについて話を聞いていく。
しかし、その一つ一つがどのような悟りなのか具体的には書かれておらず、読み進めれば進めるほど疑問ばかりが増えていく。
だから、明確に理解しようとすると挫折するようにできているように感じる。
下巻の終わりに何が見えてくるのか楽しみ。
No.05106 23.12.09 シュトレーン
シュトレーンを買った。
お菓子屋さんに並んでいたそれは、ずっしりと重かった。
うちに帰って包みを開けると、ラップで二重に包まれていた。
開くとシナモンの香りがした。
粉砂糖で覆われていたのでものすごく甘いのかと思ったけど、ナイフで切り分けると、シナモン、ナッツ、ドライフルーツなどが渾然一体となり、落ち着いた味でもっと食べたくなった。
クリスマスパーティーにはこれを出そうかな。
No.05105 23.12.08 訪問者
居眠りして夢を見た。
うちの庭に見知らぬ男が入ってきた。
捕まえて事情を聞いた。
以前庭に入った男から話を聞いたという。
以前見た夢に同じように庭に入ってきた男がいた。
だけど、その男をどうしたかは覚えていない。
今回入ってきた男の話によれば、僕が誰かを紹介したことで、何かいい体験をしたそうだ。
今回入ってきた男はまだ二十代で、大きなスポーツバッグを持っていた。
希望があればなんとかなるよと伝えた。
No.05104 23.12.06 龍口明神社
龍口寺の隣にかつて龍口明神社があった。
旧社殿は今も龍口寺の隣に残されているが、立ち入り禁止とされていた。
現社殿は西鎌倉駅から歩いて10分ほどのところにある。
西鎌倉駅に降りたら、不思議なことにその場所を夢に見ていて知っていた。
そこからどう歩いていったら龍口明神社に着くのかほぼ覚えていたが、最後の部分だけ夢とは違った。
夢では歩いていくと道の左側にあったが、現実にはその道を右に曲がってしばらく行ったところにあった。
敷地内に入ると、手前に御神木があった。
夢のなかではその御神木に何かしたのだが、何をしたのかが思い出せない。
No.05103 23.12.05 龍口寺
中学か高校の歴史の授業で、日蓮の「龍ノ口の法難」を習った。
日蓮が立正安国論を唱えるが、それに対して鎌倉幕府の偉い坊さんが迫害を始める。
それで龍ノ口という場所で日蓮を斬首しようとするが、光の玉が飛んできて斬首役人が恐れ慄いて取りやめになるという話。
UFOに興味があったので、光の玉はUFOだったのでは?と思い覚えていた。
それから時がたち、別ペンネームでUFOに関してのファンタジーを書いた。
舞台は茅ヶ崎や江ノ島のあたり。
そしたら何人かの人たちから、「あのあたりで実はUFOを見たんです」という話を聞くようになった。
よく調べたら、龍ノ口とは江ノ島の入り口にあたるような場所。
鎌倉時代からあのあたりには光の玉が飛んでいたらしい。
龍ノ口の刑場跡には今では日蓮宗の龍口寺が建っている。
お世話になっていますとお参りしてきた。

