あらゆる存在が、何かの肩の上に立っている。
どんな音楽も、音階がないと生まれなかったように。
どんな言葉も、最初の原始的な言葉がなければ生まれなかったように。
どんな生命も、原初の単細胞がなければ生まれなかったように。
どんなアイデアも、言葉がなければ生まれなかったように。
誰もが、両親がいなければ産まれなかったように。
あらゆる存在が何かの存在のおかげで存在する。
肩に乗せてくれてありがとう。
そして、肩の上に乗ってもらえて嬉しい。
No.04770 22.05.30 Feelgood01
ある日、単純なメロディーを思いついた。
11年前の5月の昼過ぎ。
12小節の短いメロディー。
どうしてもそれを演奏したくなって、クローゼットの奥にあった鍵盤を取り出し、コンピューターに繋いでDTMで演奏した。
それを演奏しながら、この世界がすべてつながっていることを思う。
だとしたら、なぜ人はそれらを好悪を持って見つめるのだろう?
あらゆるものが、何かのために生まれた。
あらゆるものが、何かのためになっている。
どんな存在も請われてここに来た。
No.04759 22.05.10 ふふふ
京都錦市場にお麩の専門店がある。
そこののれんにひらがなで「ふ」と書かれていて、それがいくつも連なっていて「ふふふ」と読めるようになっていた。
「ふ」というひらがなはいくつか並ぶと不思議な力を発する。
大きな「ふふふ」、いつかご覧ください。
No.04752 22.04.30 気持ちよくないことから気持ちいいものを知る
気持ちいいものとは何かを知るにつけ、謎が生まれる。
気持ちいいものとそうではないものの境界とは何か?
気持ちいいものを感じてばかりいるとわからなくなることがある。
気持ちいいものの継続は気持ちいいのか?
当たり前の継続は、気持ちよくなくなっていく。
それは感覚の摩耗なのか?
繰り返すことは良くないことなのか?
謎を解くことで気持ちいいことがはっきりする。
No.04751 22.04.25 漢字
漢字は、見ただけで意味がなんとなくわかるものがある。
その、なんとなく受けとった意味と、調べてわかった本当の意味が近いとうれしい。
そういうのって、表意文字使ってない人にはわからないんだろうな。
No.04750 22.04.24 目の前のこと
僕は目の前のことしかできない。
だから、やると決めたことは丁寧にやる。
それだけだ。
No.04747 22.04.21 水の音
波の音、ザブン
雨の音、ザー
滝の音、ドーッ
みんなおんなじ水の音
鼓動の音、トクトク
わたしのなかに、トクトク
あなたのなかに、トクトク
地球の上の 誰の胸にも、トクトク
トクトクも、実はやっぱり水の音
あなたの心が揺れるとき
わたしの心に波紋が広がる
みんなおんなじ水だから
あなたの耳に懐かしい
やさしいきれいな水の音
心の底から湧き出るように
あなたのために祈ります
母さんからいただいた、トクトク
父さんからいただいた、トクトク
いつまでも安らかに続きますように
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この詩「水の音」は2004年8月14日、ピース・キッズ・サッカーの大会に参加するため、イスラエルとパレスチナから来た子供たちの歓迎会で朗読したものです。
それぞれの節で日本語、ヘブライ語、アラビア語で輪唱のようにして朗読されました。
当時のイスラエル大使エリ・コーヘン氏や駐日パレスチナ総代表部代表のワリド・シアム氏にもご臨席いただきました。
世界が平和であるよう祈ります。
No.04744 22.04.18 祈る
ウクライナからは毎日のように悲しい知らせが届いてくる。
真実がどこにあるのかもわかりにくい。
それでも祈る。
すべての命が祝福されて生きられますように。
生きるべき道を歩めますように。
No.04739 22.04.12 ヒーリング・ライティングのサイト
ヒーリング・ライティングのサイトを作り直している。
いままでのシリーズは「言葉と私」「自分史を書く」「未来への鍵」の3つだった。
「言葉と私」はVOICEから出版された「ヒーリング・ライティング」に、「自分史を書く」は主婦の友社の「あなた自身のストーリーを書く」にまとめたが、「未来への鍵」はまだどこにもまとめていない。
「未来への鍵」はどこかしっくり来ない部分があった。
それを追い続けて20年。w
サイトでは第一章「言葉と私」、第二章「自分史を書く」として、第三章は「オメガポイントへの階梯」とした。
まだ試行錯誤は続く。
http://www.healingwriting.com
No.04724 22.03.23 聖なる世界
僕たちは貴重な存在に取り囲まれている。
あまりにも当たり前になってしまったため、見えなくなってしまったその尊さ。
とても高い価値を持ったものしか残らない世界。
そんな世界の中で生かしてもらっている。
「当たり前」と思うか「尊い」と思うか。
それは自分に委ねられている。

