夜、窓を開けたらトンボが入ってきた。
天井にある電灯のそばにとまった。
モップで外に出そうとしたが、すぐに電灯のそばに戻ってしまう。
「灯りが恋しいんだな」と思い、ベランダに懐中電灯を灯して、部屋の電気を消した。
暗いから見えなかったけど、出て行ってくれたみたい。
No.04828 22.09.07 失われて知る大切さ
当たり前と思っているものほど、失われたときにその大切さを痛烈に知る。
そういうことが何度もあった。
それでも、当たり前のものは当たり前に思ってしまう。
お馬鹿さん。
No.04827 22.09.06 街角の三味線
散歩していたら三味線が聞こえてきた。
音階がはっきりしていて上手かった。
民家の連なる街角でピアノが聞こえたことはよくあった。
それも以前よりは少なくなったが、三味線が聞こえてくるのはかなり粋だ。
No.04826 22.09.05 100億人の地球
100億人の地球に何が必要か?
もし今のままの競争社会が続き、欲望に従い搾取し続けるのなら、いつか破滅するしかないのでしょう。
人間の社会だけを考えていても、何も変わらない。
もっと大きな視点と、いままでにはない区別を考えることで、人類の精神が別の領域にいくことが必要です。
ロシアの科学者ヴェルナツキイ、フランスの数学者であり哲学者であるエドゥアール・ル・ロア、そして同じくフランスの神父であり科学者であったテイヤール・ド・シャルダン。
これら三人が作りあげたヌースフィアという概念を、ケン・ウィルバーが発展させている。
そのフィジオスフィア(物理圏)、バイオスフィア(生物圏)、ヌースフィア(精神圏)について考えてきた。
いろんな人と一緒に考えてみたい。
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しばらくサイトがダウンして、「日刊 気持ちいいもの」が発行できませんでした。
今日から再開します。
「ヌースフィアってなに?」という映像シリーズをYouTubeで始めました。 ぜひ見に来てください。 第1回は「入口」と題して、フィジオスフィア(物理圏)、バイオスフィア(生物圏)、ヌースフィア(精神圏)の区別についてお話ししました。
回を重ねていくうちに、生命の進化、精神の進化、人類が将来取り組まざるを得ないことについてお話しします。
No.04825 22.08.29 80億人
世界の人口は、今年2022年11月15日には80億人になる予定だそうです。
国連が発表している世界人口推計の2022年版にそう書かれているとか。
2050年には97億人を超える見込み。
戦争したり、奪い合っていたり、過度に戦っていたら、地球は生きにくい場所になってしまいます。
譲り合って生きていきましょう。
No.04824 22.08.28 長く歩く
退院したばかりの頃は、近くの駅まで歩くのも大変だったが、今日は涼しかったので、少し長く歩いてみた。
うちから池袋まで。
もし途中でへたばったら、電車に乗ろうと思ったが、池袋まで直線距離で4キロ程度、無事に歩ききることができた。
まだゆっくりだけど、早く以前の速度を取り戻したい。
できればジョギングができるまで。
No.04823 22.08.25 手刀を切る
このところよく道を譲られる。
以前は横断歩道に立っていても、車は無視して目の前を通って行ったものだが、最近はよく止まってくれるし、横断歩道前でなくても止まってくれることがある。
自動運転が発達したために、車が歩行者を判断して停まってくれるために、自動運転の装置がついてなくても、運転手がそれを真似するようになったからかな?と思う。
もしかしたら、僕が年寄りに見えるようになったという単純なことかもしれないが。
理由はどうあれ、車に道を譲ってもらったら、道を横断するのに手刀を切る。
「道を譲ってよかった」と思ってもらえたらうれしい。
No.04822 22.08.24 文字を書く
漢字は書かないと忘れる。
キーボードで入力していると、漢字の細かい部分がわからなくなる。
そこで手書きでノートに書く。
カリグラフィーペンで書くと一層楽しい。
No.04821 22.08.23 忘れる
散歩をしていて、「今日の気持ちいいものはこれを書こう」と思いつく。
しかし、帰ってきたらそれがなんだったか忘れた。
思い出そうとしても思い出せない。
「思い出す」のは過去のこと。
いまを生きるとしたら「忘れたことを味わうこと」。
「忘れたことにまとわりつく感情」を思い出して、あまり気持ちよくない。
でも、きっと思い出すべきときに思い出す。
No.04820 22.08.22 雲の様子
遠くで雷が鳴ったような気がした。
洗濯物を取り込むかな?
空を見上げる。
気持ちよさそうな雲。
「ま、平気だな」

