No.04652 21.11.10 愛による、個人の全体化

個性を伸ばしていくと、個性同士がぶつかり合って、なかなか合意に至れないと考えがちである。
しかし、テイヤール・ド・シャルダンは、その背景にキリスト的な愛がありさえすれば、互いに認め合うことが可能であるとし、それが人類を統合するための鍵だとした。
みんなが同じ考えを持つべきと考えるのではなく、みんな違ってみんないい状態を、愛を通して生み出すことができるという。
それがいったいどういうことなのか、僕たちはまだ知らない。

No.04651 21.11.09 人間のエネルギー

テイヤール・ド・シャルダンが1937年に、船旅のさなかに書いた「人間のエネルギー」という短い文章がある。
「現象としての人間」を書くにあたっての準備のような文だと思う。
それはテイヤール・ド・シャルダン著作集の第二巻に入っている。
現在の世界を知ると何かモヤモヤした考えに覆われてしまう。
それを吹き払うのにいい。

No.04647 21.11.05 ホワイト・フラジリティ

『ホワイト・フラジリティ〜私たちはなぜレイシズムに向き合えないのか?」という本を読んだ。
白人がなぜ黒人差別をしてしまうのかについての本である。
BLMが社会問題として浮上したアメリカで、ベストセラーになったとのこと。
白人はレイシズムがいけないということを知っている。
だから、みんな自分はそんなことはしないという証拠をあげつらう。
しかし、そのような行動すら、黒人にとっては不快な行動に思えてしまう。
では、どうすればいいのか?
それが理解できるように書かれているが、微妙な話なのですべての人がこれで理解できるかどうかは疑問だ。
僕自身理解したのだろうか?
この本には白人が否応なくしてしまう黒人への差別について書かれているが、敷延することで、日本人が直面する社会問題のヒントにもなると思う。

No.04646 21.11.04 サングラス

かつて母はよくサングラスをかけていた。
「まぶしいのよ」
僕が若い頃は「そんなにまぶしいかな?」と思っていた。
自分が年を取り、還暦ともなると、かつての母の苦労がわかるようになってきた。
晴れた日にはサングラスがありがたい。

No.04645 21.11.03 かたいからだ

からだがかたくなったと思う。
滑らかな動きがしにくい。
動画サイトで踊っている女の子を見て、「こういう動きはもうできないな」と思った。
そこでやってみる。
からだじゅうがゴキゴキいう。
でも、何か楽しい。

No.04644 21.11.02 不愉快なこと

身の回りで不愉快なことが起きると、気持ちいいものは思い浮かばなくなる。
「仕方ない」とも言えるが、「修行が足りない」とも言える。
「もっとがんばれ」とも言えるが、「たまには力を抜いたら」とも言える。
「いい加減ばかなことはやめろよ」とも言えるが、「ここが踏んだりどきだ」とも言える。
どれかが真実でどれかが間違いということはない。
そういう言葉のあいだで揺れている自分を見つめよう。