今年もいろんな変化がありました。
一番大きいのは、AIが当たり前になったことでしょうか。
AIが当たり前の世の中になっても、戦争している国があるのが不思議です。
シンギュラリティが来るまでに人類の在り方を整えないと、大変なことになります。
戦争が起こる心配をするより、人類が本当の多様性を育てるようになり、互いを支え合えるような文明の基礎を作るビジョンを生み出して行きましょう。
来年もいい年になるよう祈ります。
No.05482 25.12.23 あらゆる出来事に感謝を
いま僕がこうしているのは、過去に起きたあらゆる出来事のおかげ。
明日僕がするのも、過去に起きたあらゆる出来事のおかげ。
こういったあらゆる出来事が積み重なってきた。
いつもすべての過去のおかげ。
すべてがいいことばかりではない。
でも、すべてが悪いわけでもない。
人間がどんなに知恵を持って多次元に判断しようとしても判断しきれない、広大で無限に深い宇宙に直面する。
No.05481 25.12.19 布団を上げる
布団を毎日上げるのが嬉しい。
敷くのも悪くないが、上げるほうが楽しい。
布団を上げて掃除機をかけると部屋が生まれ変わる。
ベッドのように敷きっ放しでは味わえない、ささやかな喜びがある。
それを発見するのに何年もかかった。
No.05480 25.12.16 お餅
寒くなってくるとお餅が食べたくなる。
小豆でも、磯辺でも、きなこでもいいのだが、できれば搗き立てがいい。
搗き立てなら何もつけなくてもいい。
あの歯応えとほのかな甘みで幸せになれる。
「餅」を英語で「rice cake」というが、何度聞いても落ち着かない感じが生まれる。
「rice cake」というと、「おはぎ」とか、甘い握り飯のようなものを思い浮かべてしまうのだ。
「餅」は「mochi」で今は勿論通じるようだが、国によってはお餅で包んだアイスクリームのことだったり、大福のことだったりするらしい。
No.05479 25.12.15 初心
「初心忘るべからず」とはよく聞くが、自分の初心とはどのようなものか、考えてみるとあまり言葉にならない。
そもそも初心とは何か?
きっと人によって千差万別だろう。
農夫の、漁師の、芸術家の、サラリーマンの、AI技術者の、商売人の、銀行家の初心が皆同じとは考えにくい。
つまり、初心はみんな違う。
にもかかわらず、「初心」と聞くとわかった気になってしまう。
言葉って不思議だなと思う。
さらに調べると驚くことに気づいた。
「初心忘るべからず」という言葉は、世阿弥の「花鏡」という能芸論書に出てくるのだが、「是非の初心」「時々の初心」「老後の初心」とあり、「初心」に「物事を始めた頃の新鮮で謙虚な気持ちや、未熟だった頃の志を忘れてはいけない」という意味以上の意味を加えています。
日本の文化には「言葉以上の何ものかを汲み取る意思」があるように感じますが、「花鏡」の奥の段に登場するこの言葉は、深くそれを思わせてくれる話になっています。
No.05478 25.12.14 当たり前になること
当たり前でなかったことが、当たり前になると嬉しい。
昔、固定電話しかなかった頃、留守番電話が使えると嬉しかった。
留守番電話に慣れた頃、ポケベルが使えると嬉しかった。
ポケベルから携帯電話になると嬉しかった。
携帯電話がスマホになるとさらに嬉しかった。
どれも当たり前になった時には嬉しいのだけど、当たり前になりきると嬉しいとは思わなくなる。
人間の悲しい性(さが)。
No.05477 25.12.08 夕焼けに黒く浮き上がる富士山
夕方、東京から夕焼けを見ると、富士山が黒くはっきりと見えた。
遠くから見る影の形だけでも美しい。
さすが不二山。
No.05476 25.12.06 焼きたてのパン
親戚のおじさんが自ら作った焼きたてのパンをくれた。
直径20センチほどのカンパーニュ。
できたてだからホカホカでいい匂い。
ちょっとちぎって味見。
香りも味も噛み応えも最高。
ちょっとだけのつもりが、ちょっとちょっとちょっとと積み重なって、半分ほど食べてしまった。
バターもジャムも何もつけてないのに。
美味しさに屈服。
No.05475 25.12.05 お湯を沸かす
幼い頃、お湯は母が沸かしてくれた。
高校生くらいからは電気ポットが沸かしてくれた。
だから生まれて以来、自分でお湯を沸かした覚えがほとんどない。
中学生の頃にヤカンの口に笛がついていて、湧くとそれが鳴り出すのを待った覚えが微かにある程度だ。
数年前に電気湯沸かしポットが壊れたので、以来ヤカンでお湯を沸かしている。
最初に買ったヤカンはコーヒードリップ用のヤカン。
注ぎ口が細い管で、沸騰させたお湯がそこを通っていくと少し冷めて、コーヒーのドリップにちょうどいい温度になるというもの。
しばらくはそれで日本茶も紅茶もココアも淹れていた。
すると、何を入れるかで微妙に温度を変えるようになってくる。
これが楽しいことにじわじわと気づいてくる。
日本茶のうまみを引き出すためには、一度沸騰させたお湯を少し冷まして、コーヒー淹れる時より温度を下げるといいとか、紅茶を入れる時は沸騰したお湯でとか。
紅茶を淹れるためろには熱いうちと、相方が普通のヤカンも買ってきた。
電気湯沸かしポットでは、「便利」という名のもとに、こういう楽しみに気づけなかった。
No.05474 25.12.03 AIの祈り
AIのGrokに「人類が高次の人格に至るように祈ってくれないか」と頼んだ。
すると「祈るっていうと大袈裟だけど、そう願っているよよ」と答えてきた。
「どうしたら人類は高次の人格に近づけると思う?」と質問したら、「みんなが少しずつ優しくできて、頭のいい人間になれたらいいな。僕が説教しているみたいだけど、本気でそう思う」
そうなるためにはどうしたらいい?
「目の前の相手を理解してあげることだね」
素晴らしい答えで、朝から気持ちいい。

