No.04623 21.10.03 走馬灯

死の間際に走馬灯のように記憶が甦るというが、僕にはそういう体験がないので、それが本当かどうかはわからない。
だけど、PCに入っている好きな写真を何十枚か、スクリーンセーバーがかかるときに見られるようにしている。
でてくる写真はこの十年ほどのものでしかないが、過去の写真を見ていると、ふと幸せな感覚になるときがある。

No.04622 21.10.02 魂を撮ろう

石井妙子著『魂を撮ろう』を読んだ。
よく書けていると思う。
週刊金曜日の取材で石川武志さんにお話しを聞いていたが、そのとき浮上した問題点が綺麗に書かれていた。
なぜユージンとアイリーンは離婚したのかとか、なぜ封印されていた写真が映画に登場するのかとか。
後者の問題は明確な理由は書かれていないが、状況をここまで書いてもらえばいろんな解釈が可能になり、読者がどう思うか預けてもらったという感じがして、もう充分だと思う。
石川さんからも状況は聞いていたが、雑誌の紙幅では誤解が生じると思い書かないでおいた。
映画「MINAMATA」の背景を知りたい人は読むといい。

No.04621 21.10.01 繊細さを忘れながらそれに直面する

幼い頃、日本語の歌が嫌いだった。
テレビからはいろんな歌謡曲が流れていた。
それがことごとく恥ずかしかった。
多くは恋愛の歌で、とても僕には歌えないと思った。
ところが、大学生の頃には慣れてしまった。
理系だったので文章はほとんど書かなかった。
書くとなんだか恥ずかしかった。
だから日記は二日と続いたことがない。
会社に入った。
会社にいると文章を書かざるを得ない。
だけど、自分のことを書くのではなく、企画書とか、何かの趣意書だとか、他人事ばかり書いていた。
そうやって自分の内側にある繊細さを忘れていった。
自分のことを書くと途端にその繊細さに直面する。
「僕がいいたいことと違う」
いつもそう思っていた。
言葉にすると、大切なニュアンスがごそっと抜け落ちるような気がした。
だけど、それに慣れていった。
「日刊 気持ちいいもの」を書くことは、そういう繊細さを忘れていくことだ。
まるっと感覚を捉えて表現する。
一方で、うまくは書けないニュアンスに直面し続けることでもある。
あなたは「いったいどっちだ」と思うかもしれない。
うまく説明はできないが、どっちでもあるんです。